政見補足 『象徴天皇』考、 「コトバの変革」

個人企画「平和党」は、社会変革の推進において、日本人の社会意識の変革の必要、意識の変革にあたっては、日本の長期政権党 自由民主党に破壊された言霊の復権の必要を認め、『言葉の変革』に取り組むことに致しました。

近年の社会の動向は以下の経緯を辿って、現在、国民大多数の反対意見を黙殺し、政権党  自由民主党・公明党、ほか、次世代の党( 日本のこころ~ へ党名改称 )・新党改革・無所属議員らの賛同推進により、あと12日、来月より日本の軍事攻撃体制が常態化し、「( 安保同盟国の要請があれば )総理大臣の無線電話指示で」海外派遣中の自衛隊による軍事攻撃、本参加の「戦争」が再開される国体となります。

1868年1月3日(慶応3年12月9日)《 王政復古宣言 》

結局、「中央集権国家を築く」「王政復古」という名目で、江戸期に充実していた地方自治を、明治維新の政治家たちが侵害した実情があります。行政担当者が不在となった空白地帯で、明治維新側は、実体の伴わない権力を近代軍事兵器の使用により嵩にきて、抗議側を『士族の叛乱』としての討伐を選択。戦国期以来の大混乱が再来しました。もちろん、取り上げた自治権を士族へ返還する、など、侵害行為を改める穏当な選択肢は幾らでもありましたが、維新推進側は、江戸期の行政担当者の殺害という対処を選択しました。人として信義に悖り思想を欠きました。苦労に耐えて頑張ったのは現場の国民です。西洋文化吸収の起業期でしたが、政権担当者の人として信義に悖る対処の積み重ねが、帰結として世界大戦への突入を招いています。社会的責任のある立場の人が、自らの不当を然るべく改めるのでなく、人をだまして裏切り踏みつけにする、そういう行政態度が連続的に重なった結果です。現場の国民は、苦労に耐えて頑張った割りに報われなかった時代ではなかったかと想像されます。

天皇制の廃止が宿命として決定づいている点は別述の通りです。

伊藤博文にも本人なりに思う所はあったろうと考えますが、権益の独占に走って競合者を不当に害しており、話し合いで折り合いをつける姿勢が見られず、暴力という非合法手段による決着主義が、日本軍の侵略戦争犯罪の本質です。先方を尊重して合意の形成を得ていれば、そもそもの諍いには発展していません。

1945年7月26日、《 ポツダム宣言 》

1941年12月、ドイツ軍・イタリア軍との軍事同盟にもとずく日本軍の「真珠湾攻撃」による『太平洋戦争(大東亜戦争、第二次世界大戦)』開戦後、3国より侵攻を受けたアメリカ合衆国・中華民国・イギリス3国が日本に対して発した共同宣言。降伏を勧告し、終戦の条件を定めたもの。日本軍が受諾を拒絶したため、8月6日、長崎へ原爆が投下された。8月8日、中立を維持していたソビエト連邦(現ロシア)が3国の宣言に参加し4国より降伏を勧告したが、日本軍が受諾を拒絶したため、8月9日、広島ヘ原爆が投下された。8月14日、一部日本軍が降伏を意志表示し、15日、玉音放送にて「終戦」とされるが、日本軍による侵攻は22日まで続いた。

結局、日本への原爆投下は、日本軍の幹部が戦局の悪化を経てなお「天皇制」の存続に固執して『総玉砕』(集団自決)の方針で対処し、招いたものです。原爆の投下により、まだ生き残っていた国民の生命は、軍幹部の狂気から救助されたと言わざるを得ない状況でした。時の権力者の判断から、開戦による犠牲になった国民大勢について、後年のアメリカの皆さんの被爆者に対する温かい配慮と励ましには、大変申し訳ない限りの気持ちでおります。

※ 私的に、現在の『終戦記念日』は8月15日ですが、実情に即して「玉音放送記念日」と改称し、最終的に終結した22日をもって「終戦」とするべきでは?と考えます。

終戦後。日本共産党 徳田球一氏、18年の獄中生活を経て解放され、衆院選立候補、当選し政界に復帰するも、GHQマッカーサー総司令官が氏を政界より追放。

現在、「アカ(共産思想)狩り」説が主流ですが、私的に疑問があります。

1960年、第二次日本社会党 浅沼稲次郎氏、安保反対運動中、暗殺される。

その後も政治絡みの殺傷過激事件が度々発生。

 

1991年12月7日、真珠湾攻撃50周年式典 ブッシュ大統領が日米の恒久的和解を呼びかける『真珠湾宣言』。

1994年8月(?)、『村山談話』。

※すみません。前述中、勘違いがあったようです。ブッシュさんの和解宣言が先で、その後、日本の侵略謝罪表明でした。これ、私は、ごく最近に初めて知りました。

1995年1月、阪神淡路大震災。

2005年8月、『小泉談話』。

2011年3月、東日本大震災、福島原発事故。

 

2013年12月末、国会『特定秘密保護法』可決。

2014年6月、安倍晋三総裁の靖国神社参拝及び関連言動に対して、自民党本部へ電話抗議。不当な対応を受け、電話対応者へ氏名を質したが、先方で名乗らず当方を非難し電話を切ってしまったため、かけなおして録音に抗議メッセージを残した。

2014年7月1日、日本政府『集団的自衛権の行使容認』を閣議決定。

後日、東京新宿駅前にて、政府の『集団的自衛権行使』決定に対する国民の抗議の焼身自殺発生。

2014年10月、個人企画「平和党」、首相官邸へ軍事諸政策の全廃を要求。

自民党官房長官  菅氏、テレビ 池上彰氏ナレーター番組へ出演し、「我々は結党当初の目標政策を実現するものでね」。 〝 政治政党として目標政策を推進し実現をめざす ″   言われてみればそうかと、自民党政権では憲法9条護守見地の政策の採用は基本的にありえないことを理解し、2014年11月、しかたがないので安保同盟国  アメリカ合衆国  オバマ大統領どの及び、日本既存政党全党へ呼びかけ、主政策『オアシス計画』賛同共闘を懇願し、同12月、衆議院選挙にて政権交代を企図するも、自身の選挙立候補すら総務省職員に届出を妨害され、成らず。企画倒れに終わりました。

私は、2014年内には国政上に『オアシス計画』始動の目処をつけ、翌年数ヶ月程度で人類の軍事紛争を終結し、世界を法治統合し、ここ何十年来、飢えや病から救済されず子供や赤ん坊が大勢死んでいるという困窮地域を救助する意志でいた。自国を含む停滞している先進諸国の経済を活性化し再建し、一石何百何千何万何億鳥以上の政策効果により救護されたであろう生命は少なくはなかったはずだと自負する。

少なくとも日本の政権党には、意志さえあれば憲法9条撤廃党を解散し、憲法9条護守新党を結成して提起策を採択し、人命を救助しえたはずだった。「錯誤」ではなく、「偏執狂(パラノイア)的な心の病状」による殺人の「確信犯」だ。救助する能力がありながら故意に行わない。これは道義的責任がある。引けなくなっている紛争当事者は、救いうる者に救われて然るべきなのだ。救われねば” 死 ”しかない。

2015年1月、中東紛争地シリア界隈にて過激派組織「イスラム国」による邦人 後藤健二氏拘束、身の代金要求、殺害事件。

この前後より、現政権による当方発案に対する盗用が多発。私は、憲法9条護守及び人命救助救護救済の見地から政策提起し政権に抗議しているが、現政権は、いわれなき人を膨大に死なせ、憲法9条を廃し国の軍事攻撃を再開するための施政を展開している。同施政を私は犯罪と認識しているが、これへ私の文言が悪用されている。何を意図してか、当方には不明だ。

2015年4~5月、NPT(核不拡散条約)再検討会議。日本政府、日本への原爆投下について条文収録を要求し、反対されたため再条約に同意せず。不同意国があったため、条約再決議の採択が流れた。その後、今年2016年確認の処、外務省で、事実に反する虚偽の経緯を公称している。報道関係社の報道内容に政権的規制による修正が確認されたが、このような悪行は国内外の信用を失うだけだ。

2015年8月、『戦後70年談話』。内容として『村山談話』における「侵略」謝罪の撤回表明である。

並行して「靖国神社公式参拝」毎季慣行、「伊勢神宮公人集団参拝」などを慣行。

2015年9月、「安保法制」可決。前後より国民膨大数より抗議、反対、廃止要求にも拘わらず、2016年3月より施行を控えている。

NHK日曜討論番組などで、出演者に安倍政策推進派と自民党内反対派の見解の相違を見るが、元来、「自民党」は、安倍内閣推進政策を本旨としている。反安倍党員が錯誤しているものであり、ご自覚され速やかに離党するべきだ。

ウチの妹が帰省した際に述べた所感:「(安倍総理について)あの人、そのうち自殺するんじゃないかって気がする」。みんな、そう感じてるんだよね…

「自殺」。それも、すさまじい大量の「無理心中」である可能性と危惧は、少なからぬ国民が案ずる処と考える。周囲の同調者は、見えていないか、同じ願望に憑かれているか、いずれかではないか。

恐らくは、安倍政策推進の面々は、伊藤博文の《 奇襲 》攻撃が始まってから、東条英機が《 総玉砕 》を命じて止まらず《 死 》に憑かれたまま、ひたすら突き進んでいる。すべての命を殺害しつくすまで止まることはなく、当人たちには事実と向き合って生きていく考えがない。

殺人の事実を認めず隠蔽するための殺戮が始まろうとしている。

国民にとっても大問題だが、かつて日本帝国軍から殺戮を受けた被害国 中国、韓国の皆さまに於かれては、ほんとうに生きた心地がなかろうと申し訳ない限りです。

 

自民党総裁の語るところ言霊は悉く本義を喪失し、人心を惑わし人命を損なう凶器と化しており、日本人として今すぐ早急に考えたい考えねばならないモンダイ言葉は沢山ありますが、重大性からランキング上位の主要語を提示いたします。

★ 第1位 「象徴天皇」

別述の通り、内閣大臣らが、皇族より言霊を奪い、国民を欺くための傀儡として戦争の《 イケニエ 》としている制度です。一刻も早く、国民の総意により廃止し、今上陛下を「制度」から解放して差し上げなければなりません。

★ 第2位  「安保(アンポ)」「安全保障」

「軍事紛争」問題、「戦争」のことです。

★ 第3位 「政治」「政治家」

日本国において「政治家」は「巨悪」と同義。人それぞれで立派な方も多数おいでであることは承知していますが、「政治家」と聞いて思い浮かぶイメージは、おおむね ” カネに汚いオオボラフキ ” などであり、恐らく一般国民がドンびきする職業ナンバーワンです。実の処、私は、2014年11月に政界就労を考えるに当たって、どうにもこうにも「政治家」は気がすすまず出来れば避けて通りたく、一時、「生活研究家(仮称)」などへ職業名称の改変も考えましたが、現在、人望を失墜している「政治家」の言葉そのものがあまりにも哀れと不憫に思う心境に至り、私自身がうしろゆびをさされない程度の仕事をすることで、「政治家」というコトバの復権、社会的地位の改善を図ることを努力目標に加えました。予定は未定ですが、いちおう。

” 永田町のセンセイ ” とか、同業につきたくない同類視されたくないってより、摘発検挙廃絶できんのか?とムカッ腹が立ってくるが。あんなもんがどこから湧いて出るのだ? くそくそくそくそ自民、自民解体廃絶っ!( まじめな自民党員の方、もしもおいででしたらゴメンナサイ…。どちらが多数か少数か、どちらが主流か例外か、党外部には不明です )。あの皆さま方が芸者遊びの宴会片手間に60年ほどの施政でおつくりになったものは、行政瑕疵被害者の屍と借金の山でございまして。かねてより言及の通り、私自身、残念ながら最悪の場合、近々変死体になる予定です。

★ ほか、みんなで考えたい改めてゆくべき表現 :「女々しい(めめしい)」「女の腐ったような男」「雌雄を決する」「雌伏」 ほか。言語表現上の『男女差別』、『男尊女卑』観念に即した表現が社会的に定着していますが、少しずつ「雌」「女」性の復権について考えたほうが良かろうと思います。

問題を問題として問題視し、改善を企図することが解決への第一歩です。

★ 『コトバの変革』ほかの当面喫緊の取り組み課題。

「安保」諸政策廃止。

「天皇制」廃止。

「原発」凍結、「原発再稼動」差し止め。「リニア中央新幹線工事」差し止め。

公職選挙: 不正「選挙の無効」請求。「供託金」差別没収、賠償請求。

《 政治とカネ問題 》: 一般社団法人たちあげ(予定)「独立行政機関」設立へ向けて「政党登録」。「選挙支援」( 一般寄付の受付と記録、選挙立候補者へ貸付融資、明細管理 )。「議員活動管理(仮称)」( 検討中 )。

《 孤独死 》対策: スマホひとり1台の時代、《 「ゲノム認証キー」タブレット端末型「国民登録証」》交付。国民のネット参加生活を振興。

日本政府に対する非難声明

自民党政権で、北朝鮮に対する《 日本国としての制裁 》を多数行うと決定したが、断固抗議する。決定を撤回するよう要求する。

安倍晋三総裁自民党80万余人は、初代内閣総理大臣 伊藤博文から始まる『大東亜共栄構想』にもとずく東条英機内閣による軍事侵攻政策を継承推進するものであり、内閣総理大臣として伝統を受けつぎ公式参拝を慣行している。

ちなみに、自民党総裁の内閣総理大臣としての靖国参拝は、日本国内 自民党党員80万余人とその支持者支援者ら国内国民勢力の強い要望で行われているもので、総裁個人の私生活上の私的行為ではない。公人として、政策として政治的な行動として行っている。むろん、まったくの憲法違反である。憲法違反の言い逃れに、「神社への参拝は日常生活上の伝統的風習」と主張しているが、実態は、日本国の最要職者として、公式に政治行為として『大東亜戦争』の伝統を継承する儀礼を執り行っており、結論的主旨として、日本国民は、人権を返上し、元首の命に従って死ね、命じられるままに他国民を一人でも多く殺して死ね、モノを考えたりしてはいけない、疑問なんか持ってはいけない、生きることなんか考えてはいけない、国民は生きてはならないのだ、国民は生まれたからには国家に命を捧げて死ね、そういった意味だ(別述『愛の在処・序文』に言及していますが後日詳述します)。

元来、周知の通り、日本の自由民主党は、現行憲法を蹂躪する主義・思想・信条・政策の政党である。逆らうと、政党すじの右翼や暴力団、ヤクザたちに殺されるから、政治について意見できない、モノをいえない恐怖社会というのが日本の実情だ。政治だけではない。教育体制、医療体制、建国や生命に関わる基礎的な分野は、農林水産業と同等かそれ以上に、改善論が禁忌になっている。国民の「思想統制」や、生命の与奪権処刑権は、自民党が「戦争を続ける国づくり」に最適な形に固定しており、そういう政策の政党だからだ。憲法違反そのものだが、自民党は、もともと現行憲法撤廃政見で、基本的に、国民に『日本国憲法』に定める諸権利を保障する思想はない。何処の誰が自民党候補へ投票するのか、私は、ひとりひとり全員に抗議し話がしたい。命やカネ、持ってる財産全部、自民党へよこして死ねという問答無用の主義の人だが、一部に、混乱者も混ざって社会を混乱させており、党を抜けていただきたい。

国内には、主に「憲法9条護守」の「戦争反対」派を中心とする「靖国参拝反対」意見の国民も少なからず存在する。国内の見解は公式に統一されている訳ではなく、正反対に分かれており、終戦後70年経つが一度も国会での論議に至っていない。

2015年9月、安保立法直後、内閣改造で過去に総理と反対意見の党員らの新規入閣があったが、これは、政策方針の転換ではなく、新規入閣大臣らが、党総裁の方針に反対して離党するのでなく、自身の従来の主張が誤りであったと認め、安倍総理と同政見へ転換して考えを改め入閣したものだ。つまり、現政権は、党内対立を一掃し、自民党本来の軍事推進に完全統一したものに過ぎない。

また、数日前、岸田外務大臣が「対話のドアはオープンだ」とテレビ中継で述べていたが、安倍総理は「靖国参拝をやめる」とは、一度も一言もいっていない。

私は、そういう報道は、テレビ、ラジオ、新聞、ネットで、一言も確認していない。一応、「公式参拝」なので、始業時間になったら「総理大臣の靖国参拝が、どうなっているか」(もちろん「神社参拝」は政教分離に反する違憲行為であり、職務規定違反など多数の問題がある。私の記憶では、安倍総理は、他の職務多数については不当にサボって放棄している一方で、「靖国参拝」だけは一度も欠かしておらず、たしか、つい最近、「伊勢神宮」へも集団参拝していた様子がテレビで特集報道されていた。もちろん、訴追を要する重大な規定違反である)、内閣府ほか関係先へ問い合わせてみる予定ではいる。

もちろん、従来とおり、自民党は、結党当初の方針とおり、伊藤博文以来の軍事国家として他国へ軍事侵攻して、人間を大量に殺戮する方針にまったく変わりはない。

私は、内閣改造の人事に混乱してしまったが、あれは、以前、過去に「靖国参拝」「原子爆弾製造保有(原発)」に反対していた左系党員が、自分の反対が間違いだったと全面撤回して、『大東亜戦争』こそ日本の平和と繁栄を築いた正当な政策であると、現職総理と同方針に考えを改めたものに過ぎない。

従来の「玉虫色」の自民体質を多少改め、軍事侵攻再開に当たって、党内に残っていた反対意見を一掃して、極右一色に自民党内見解の統一を果たしたものだ。

内閣の支持率が上がっているらしいというのは、国民の多くが、内閣人事に勘違いして混乱しているのではないだろうか。私は、前述の新規入閣大臣たちの方針転換の点について、自民党が左系に転換したもかとの大誤解の錯覚を起こしまっていた。

あれは、党内を極右一色に統一したもので、従来の党内対立を解消し、自民党本来の結党目標政策へまとめ、一丸となって軍事攻撃に望む体制推進の布石に過ぎない。

女性初の次期総理大臣と自負を公言されており、次期大臣と目されていた稲田朋美政務会長の入閣が見送られたことを意外に感じた向きもあるかもしれないが、軍事侵攻再開に当たって党内の左系分子を一掃しただけで、安倍総理大臣、稲田政務会長が明言している通り、日本の自民党は、「憲法9条②不戦」条項の撤廃をめざすものだ。野党議員の追及がなければ、国民は悪質な偽装人事にだまされてしまったろう。来月、予定通り戦争が再開されれば予定通り稲田女性総理の擁立に進むものだ(直近の同氏の講演会では支持者の間で実際に「ともみ総理大臣」の期待が高まっている由だ)。思えば、現政権の内閣改造人事については、野党から質問が多数出ていたが、総理からコトバによる説明がまったく何ひとつ行われなかったことも印象に残っている。国民や国際社会をペテンにかけるための偽装であったゆえだ。

これに先駆けて、来月3月、南スーダン派遣中の自衛隊より本格戦闘参加による4回目の戦争を開始する。

ちなみに、これまで、自民党政権では、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争へ支援参加し、大量に人を殺害している。

現在、日本の国内では、安保問題について大きく2つに意見が分かれ、対立しており、昨年9月立法安保の3月施行を控えて、野党と国民が猛反対抗議しているが、自民公明与党側には、戦争再開を止める意志はまったく生じていない。あと20日足らずで日本の軍事攻撃体制が常態化する。

既存政党の方針は以下のところで、各党、また、議員諸氏個々人におかれては考えがまったく同じということはありえず、主義・思想・信条に各々多少の違いはあるものだが、「交戦(他国への軍事攻撃)」という、膨大な人命に関わる重大問題について見解がまっぷたつに分かれており、「国の交戦」について決定権を持つ国会は、現在、国民に選挙選出された国会議員の大多数を「交戦賛成」派が占めている。

《 現政権、国会与党、与党系野党 》

「『集団的自衛権』(交戦権、他国への軍事攻撃)行使容認」派。憲法9条②項「不戦条項」撤廃推進派:自民、公明、次世代(日本のこころ~)、新党改革、ほか。

《 現野党 》

「交戦(軍事攻撃)反対」派:民主党、維新の党、日本共産党、社民党、生活の党、ほか。

 

さて。北朝鮮の問題に戻りますが、

日本は、初代内閣総理大臣 伊藤博文の2次5代内閣にて「日清戦争」開戦以降、41代 東条内閣まで他国への軍事侵攻を展開し、サンフランシスコ講和条約にて、日本の攻撃先の国々の皆さんから反攻をゆるしていただきました。その為、停戦状態になっています。その後、世界の皆さまには心苦しい限りですが、約70年ほどの間、侵略戦犯国 日本は、「侵略犯罪」事実については、反省も謝罪も賠償もろくろくしておりません。

41代内閣の商工相(満州鉄道建設責任者)は、戦犯容疑で裁判にはかけられたが、『大東亜戦争』は、欧米列強支配に対するアジア民族解放の正義の戦いで侵略戦争ではないと主張し、処刑を免れ、政界を追放されたも後に復帰しており、現政権は、その孫で同様の政見政策を推進しています。

戦後50年を経て、社民党政権で、村山富市総理が『村山談話』を公表し、国としては初めて侵略戦争の謝罪を意思表明しました。この時点では、自民との連立政権で、自民党内に所属した左系会派の同意で実現したものですが、一時的な意思表明で、10年後の自民党政権で公式に見解主旨が修正され、20年後の現在、現政権により公式に全面撤回されています。

平成17年、自民党 小泉政権で、終戦60年を迎えるとして『内閣総理大臣談話』を公表し、「侵略を謝罪」しつつも「戦争の讃美肯定」へ見解を転換し、靖国神社公式参拝を再開、「二度と戦争への道を歩んではならないとの決意を新たにするもの」だと真逆の口上を公表しつつ、イラク戦争へ自衛隊海外派遣参加しています。『小泉談話』で既に内容として『村山談話』の「侵略犯罪の公式謝罪」を否定し撤回する布石を敷いて、更に「戦争の尊い犠牲により平和と繁栄がもたらされた」と、国内国民へ対する戦争肯定を主張しています。

自分(内閣総理大臣)たち、国の体制側の悪政で人命を強奪したとは考えていない、そもそも国民には生存権はじめ人権を認めない。国民の生命の与奪権は国家に属し、国民は国家から恩恵を受けているのだから生命を捧げて当然という主旨です。”決して蔑ろにせず尊んでやるから光栄に思って有難く犠牲になって死ね”。

私は、先の大戦について、東条英機首相は、あってはならない大間違いの政策で、2000万人余りの人命を強奪した国家犯罪、大量の殺人を犯した事件だと理解しています。この点、国民の理解も分かれており、まだ検証も論議もされておらず、また、国民の多くに、非常な思考的混乱を認めており、早期の改善の必要があります。現在の日本国内の一般社会底辺で同根の「殺人」事件が多発していますが、国を改善し困窮者を救済すべき立場にある政治家が、この辺を理解しているのか、いないのか、亡国の錯誤状態で被害を社会へ蔓延させており、政治家、特に国会議員の錯誤的発言の数々については、厳密な鑑定検証が不可欠です。私が把握する限り、錯誤発言者は、自民、公明、ほか、「軍事攻撃」賛成推進派の与党系議員の限りですが、錯誤か、故意の悪質な確信犯の偽証か。前者なら速やかに訂正されるべきであり、後者なら「偽証」「詐欺」「戦争準備」ほか、内容によって罪状が変わりますが、余りにも甚だしい亡国の大罪を恰も「正義」のごとく血税を費えて国際社会へ展開しており、早急に取り締まるべきです。即刻死刑に処しても足らないほどの巨罪と私は認識していますが、犯行側は、有権者をだまして政権を維持し、反対意見の国民に濡れ衣を着せて殺害すれば済むと高をくくっているものと考えます。現在の日本政府は、そういう自由民主党本来本旨本義の巨悪組織です。私は、そう感じるし、そう理解しており、その証拠に、あと20日足らずで日本の自衛隊の軍事攻撃体制が常態化します。国の与党の政策方針に反対意見の国民が多いらしい点は報道されており、そもそもの国政選挙が民意を反映していない甚だ不当なものであることは、この点だけでも明白ですが、それ以前に、悪質な犯罪手段による選挙違反の不正事実まで存在します。

で、事前から反対意見が多く出ていた現政権の『戦後70年談話』長時間報道がありましたが、多額のコストを費えた論旨は「これまで歴代内閣で侵略行為を謝罪してきた経緯があったが、未来の子供たちに謝罪の宿命を負わせることはあってはならない」。つまり、安倍政権は、過去に『侵略戦争』だと認定して謝罪した内閣もあったが、「全体として考えを受け継いでいく」うえで『侵略戦争』であるとは金輪際未来永劫認定せず世界の歴史は断固日本独自の主張通りに書き換えるという宣言です。微妙な言い回しを施した長文で、民衆を欺く明確な作為による作文です。もちろん、私は、この先に将来的な政権交代が果たせたなら、現政権の罪状のひとつとして改めて検証と訴追を要すると考えます。

騙す為の意図的な犯行なので、世論の反応も騙された人混乱した人が多かったようです。要点を把握すれば結論に至りますが、『戦後70年談話』の主旨は、社民党政権での「侵略戦犯の謝罪」の完全撤回です。

社民党政権での『村山談話』の事後、アメリカ合衆国でブッシュ大統領が「真珠湾攻撃」に対する和解を声明されましたが、道義上、たいへんなことです。現在、日本の政府は、とんでもない危険状態で暴走を続けています。

46次(~5期)吉田内閣、57次(~2期)岸内閣、62次(~3期)佐藤内閣で、防衛大学校設立、自衛隊編成、日米安保条約、米軍基地建設。米軍核搭載艦の日本領海侵入寄港に際して日本として掲げた『非核三原則』は、もちろん言っていることとやっていることが真逆、言行不一致の自民施政の定番です。「核兵器」を国へ持ち込むことになったから、「ナンタラ」と真逆のウソを掲げ、一方、国内で核兵器製造保有のため『原発』を政策推進しています。

出自で差別する考えはありませんが、現在の総理、副総理、安倍氏、麻生氏らは再軍備を特に責任者として担当し推進した吉田茂首相、岸信介首相の孫に当たり、たまたまお二人ともお祖父さんと同じ政見政策で、結党当初の軍事政策目標の多くを実現し、原子爆弾の製造は道半ばですが巨額の血税を投入して推進を続けています。

国の再建どころか、侵略被害国への謝罪、賠償どころか、

戦争を主催した責任者「天皇制」「内閣大臣制」を保持。

『慰安婦問題』は、 ” ( 元々なかった話で、こちらもこれ限りで今後は一切過去の問題として永久に封印して公式には事実として認定しない)金をやるから無かったことは無かったこととして無かったことにしろ。二度と言い出すな ” という(そういう趣旨ですよね、あれ)日本政府の対応へ、経済低迷している韓国 朴槿恵大統領が、従来の要求を取り下げ妥協したものらしい、という最近の出来事がありました。

で、その直後に、北朝鮮のキム第一書記による「”水爆”実験」、「人工衛星打ち上げ」事件などがあったものですが、

結論から言うと、侵犯国家 日本政府が武装解除するのが先。日本政府が北朝鮮を非難する資格はない。「制裁」など言語道断の侵害行為。大概にしろ。

侵略犯罪被害国を非難する前に、自民党60年不実悪政を猛省し、党を解散、安保政策を全廃するよう要求する。自民党政権は、北朝鮮を非難できた義理ではない。道理に外れること甚だしい間違いである。

日本の国民は、自由民主党という組織を、一刻も早く解体廃絶しなければならない。現在全国80万余人在党する党員は、安倍晋三総裁の方針により政策推進する組織員である。実態の存在しない ” うわさ ” では、半数の40万人ほどは反対しているらしいと風評があるが、反対派をだまらせるための悪質な攪乱と解するべきだ。軍事攻撃に反対ならば速やかに離党するべき事態であり、党にとどまっている以上、軍事攻撃再開の推進勢力として公に私に加担している現実がある。嘘を言って有権者をだましている自民党関係者は少なくからず存在するが、だまされてはならない。

何度か言及しているが、2014年12月、衆院選で、私は政権を交代し、日本の公共事業ほか政策多数にて軍事紛争を終結する意志でいた。この時点で既存政党へ政策を提言しており、職権を有する与党には意志さえあれば採用し実現できた。理解する能力がない訳ではなく、大量に人を殺したいがために、終結策の主旨を踏み躙り、自民の軍事政策強行に盗用悪用を尽くしている。

したがって、私は、2014年12月以降、軍事紛争に落命された皆さんについて、日本の現政権担当者に殺害されたものと理解している。私の一面的理解であり、世間には知る人も皆無に近く、踏み躙った当事者たちでさえ或いは罪の自覚すらなく、自覚はおろか、『殺人特権』の認識から、すざまじい暴論を公に大発信しており、だまされて(?)( 分かってて、国としての軍事攻撃に賛成、殺人に賛成、戦争バンザイなのか? )同調している国民まで大勢いる。

日本の自民党政策は、『殺人特権』意識に毒されたものだ。自分は、人を殺してよいのだと、そういう「特権」は存在しないが、非合法手段を多用する人はままある。標的に濡れ衣を晴らす機会を与えず、問答無用に殺害して冤罪をかぶせれば、「あいつは悪事を働いた悪党だから成敗した。自分は正義の味方で、皆さんの生命や安全を命がけで防った」、作り話は幾らでも作られる。スケープゴートにされると懼れ、この国で物は言えなかった。国を防るという手柄のために膨大な被害者を出しているが、自民党政権のつくった被害者の屍の山について、私自身は一国民として居合わせているため、無関係だとは思っていない。これを粛清することは、同じ時代に居合わせた国民の責務である。

一般国民には、脱・日本、脱・人間社会という選択肢などもあるが、つらつら考えるにつけ、「天皇制」を放置したまま明仁さまを見捨ててゆくのは人として忍びないものがあり、また、明仁さまを解放してさしあげれば、大方の問題は明仁さまに解決していただけるだろうという簡易な確実性が見込まれる。たぶん、一般国民が急ごしらえで考えるより、少なくとも70年ほどは日々絶望しつつも温めていた政策案が存在するはずだと想像され、そちらのほうが良いに決まっているのだ( 聞いてみないことには不明ですが、皆さんも聞いてみたいと思いませんか? )。

明仁さまなら? 北朝鮮に対して、自民党政権のような「制裁」なんか、ゼッタイにする訳がないと私は想像するが。私は、私の意見に(主張の主旨として)賛成くださるのではないかと自負している。自民党政府の武装解除、安保廃止、9条護守。

 

自民党政府、まさか自作自演の口実で『北朝鮮』へ濡れ衣を着せ、軍事侵攻開始の疑い?!

『北朝鮮』の政策は、日本の自民党施政に、パロディかと思うほど多岐多項にわたり似ています。意図する処があって作為的に真似ているんですかね、あれ。

一説では、拉致被害者 横田めぐみさんのお母様 早紀江さんは、日本の皇室の血筋に当たるそうで、事実とすると、めぐみさんも皇室の血筋を引くわけですが、現在の北朝鮮のトップ キム・ジョンウン第一書記どのは、めぐみさんの息子らしい - という噂があります。噂の真偽は不明ですが、私は、この噂を考えると、『北朝鮮』が日本へ危害を加えることはないのでわ?( 自分のお祖父ちゃんお祖母ちゃんが住んでるのに、核ミサイルなんて撃ち込まないよ~ )と思えてくるのですが。

ミサイル発射したり、撃ち込むと脅すようなことは言っているけど、あれって、ただの威嚇発射で、ミサイルを撃ち込もうと思えばいつでも撃ち込めるけど、撃ち込む意志はないという表示ですよね。朝鮮半島への伊藤博文以来の侵害犯の日本に、長期侵害行為について悔い改めて謝罪してほしいというデモンストレーションなのでは…

2016年2月7日 早朝、” 北朝鮮から核ミサイル攻撃の通告があった ” 由で中谷防衛大臣が軍艦(?)出動するとテレビで報道されていましたが、ほんとうに北朝鮮から連絡が入ったという事実が存在するのでしょうか? 一般社会や国民へ ”通告” の内容が情報提示されていないので、ほんとうかどうか真偽は定かでないと感じています。

だいたい、国会質疑で、野党の「アメリカから日本の自衛隊へ海外派遣の要請があったか、なかったか」という問いに、自民(中谷防衛大臣)「同盟国との共同軍事行為に支障があるから答えられない」と主張しているものを、何故、『北朝鮮』については国内中へ ”侵害行為” の報道を大々的に行っているのでしょうか?

答え! たぶん、ぢつはアメリカから日本へ自衛隊派遣の要請はなかった!から、自衛隊の出兵理由をアメリカに責任転嫁できないと自民党は都合が悪いので、日本軍の出動をアメリカへ責任転嫁する口実を担保する目的で ”アメリカから日本へ自衛隊派遣の要請がない” と、ほんとうのことを答えられないのだ!と想像しています。

最も恐ろしいと想像する処は、自民党政府の自作自演による戦争開始の可能性、疑いです。今、世界で、最も不信を強く感じる政府は、大変残念なことに自分が住んでいる日本の政権です。おととし、さくねん、ことしと、安保問題の切実から国会の諸報道を注視してきましたが、実際の処、私は非常な恐怖を感じています。

※ その後、「北朝鮮の核ミサイル人工衛星問題(?)」が国内のテレビや新聞などマスメディアをにぎわせていますが、報道は半信半疑です。北朝鮮の核も問題がないとは言いませんが、戦犯国が侵略犯罪の反省も謝罪も賠償もせず、世界中へ被害国を侮辱するウソを言いふらして、軍事攻撃を本格再開するほうが大問題です。

拉致ほか諸問題の元凶は、自民党60年の不実な悪政です。

話戻りますが、北朝鮮の核ミサイル発射「まえだおし」って、日本の自民党政権の「まえだおしで」のマネでわ? 偶然? あちらさま意識してないですか?

お詫び: 「朝鮮民族」ではなく、「大韓民族」と訂正します。

別項記述に「朝鮮民族のプライド」と、甚だ失礼な記述を行いましたが、「朝鮮民族」について、「大韓民族」と訂正いたします。

1894年、「日清戦争」より、日本軍によるアジア大陸侵攻が始まり、その後、「朝鮮」という名称は、1910年、日本が「韓国」を軍事強要により併合した後の「韓国」の改称です。

大変申し訳ございません。深くお詫び申し上げます。

愛の在処(ありか)

おそらくは。

少年は、他の皆さんを好きだったのと同じように、加害者のセンパイのことも好きだったし、センパイとのつきあいを大切にしていました。

少年は、加害者が、自分への暴力行為に追い込まれていた窮状、コミュニケーションの術として暴力に陥っていた境遇を、理解していたのです。

間違いたくて間違う人はいません。

加害者は、人として間違った行為に追い込まれていました。

少年は、やむなく自身を贄(にえ)として差し出しました。

少年は、少年なりに加害者とのつきあいも大切にしていたのです。

オトナに暴力の被害を告げ、加害者が非難されることも加害者を拒否することも望まなかったから、オトナに助けは求めませんでした。

うれしくはない。苦痛だ。どうしたら暴力を止めてもらえるか?

加害者を、暴力に追い込んでいたものは、何物だったろう?

加害者自身が暴力に陥ったヒガイシャだと理解していたが、加害者を追い込んでいた原因を究明して助けてやれるほど、力はなかった。

少年は、センパイが好きで、センパイとのつきあいも大切にしたかった。暴力を振るわれても、嫌ってはいなかった。憎む気持ちはなかった。だから、ガマンした。死ぬまでガマンした。

加害者を、暴力に追い込んだ原因は、何物だったろう?

暴力行為に陥っていた加害者自身が、他のコミュニケーションの術を得る機会を与えられず恵まれず救われずにいたヒガイシャでした。

二人の関係は、少年も、センパイの処世的八方塞の境遇を、少年なりに理解し、センパイを慕っていたものと思います。少年もさしい気持ちだった。

センパイも少年が好きで、暴力を振るったのは害意からではなかった。オトウト分として彼なりに少年を可愛がり、少年たちは仲良く遊んでいたもので、決して一方に重大な侵害意識のある加害者被害者の関係ではないと、私には想像されます。

少年を死なせてしまったセンパイも、ごくふつうのやさしい少年なのです。一部の方が考えているよりは、年齢相応以上にオトナびた心を持っていると私は思います。

感心しかねる素行状態にあった末、子供を死なせてしまうという重大な結果には至っていますが、好きだった少年を死なせてしまい、彼は、1年、悔恨から生きることを考えられなくなっているのではないでしょうか。

「被害者少年の命を背負って生きていく」という誓いは、精一杯の誠意です。

決して少年を害するために暴力を振るった訳ではなく、センパイ・コウハイ、日本の社会慣習「画一生年割り・縦割り上意下達・年功序列」方式の形式主義の対人流儀を押し付けたけれど、なかのよいトモダチで、彼は少年が好きだったのです。不器用な愛情表現でした。

加害者の「暴力」は、彼なりの「愛情の表現」であったのではないかと想像され、加害者は、暴力しか伝達手段のない不遇にあったのです。

言い訳がましい弁解はしておらず、事件の経緯について殊更に自身を悪く話していますが、深い悔恨から偽悪を脚色している可能性を思います。言語能力の問題もあるかもしれませんが、恐らくは、事実相応に事情を説明できてはいません。或いは、自分自身の生存権を事実相応に守る意志もなくしているのではありませんか。

類似の問題は、古くから少なからず存在し、重大な結果を招いてしまった少年が、特異なわけではありません。ごくふつうのやさしい人が、たまたま悪循環悪条件が重なった処で誰でも陥りかねない間違いです。

間違ってしまった少年をゆるしてささえてあげてください。

故人の遺志を酌んでください。絶命してしまった少年は、決して加害者を憎んではおらず、人として慕っていたからオトナに告げかねたのだと思います。一方的に暴力をふるいふるわれ嫌がらせに終始した対人関係ではなく、彼らなりに ” なかよくつきあっていたなかま ” ” トモダチ ” だったのです。

私は、この事件は「殺人」ではないと考えます。被害者少年への直接的加害行為は、厳密には「傷害致死事件」であり、責任を問われるべき成人が多数ありながら、まったく検証されていません。日本の社会は、司法は、どうなっているのでしょうか。

事件の「殺意」は社会に捏造されたものです。

事件現場に、少年たちのなかまが集まっていると聞いています。少年たちは、「事件の被害者加害者」のカンケイや、今の社会のゆがみを、抗議の言葉に出来ないなりに感じているのではないですか。

安保問題で思考が崩壊気味のアタマでかんがえることではあるのですが、乱世の軍規遵守を徹底するための礼節偏向方針『道徳教育』は、おおむね社会対人処世に儀礼形式を重視するもので、明治維新以降、『富国強兵』の軍国主義政策、画一生年序列方式、新参・若手は古参集団でいびりぬく、社会体質として日本に限らず、あるでしょうが、この事件て、もしかして「まわりのオトナたちを見習っただけ」でわ?

悪い慣習慣例を真似るんじゃなくて、良い所を活かして悪い所は改めておくれ~

( 以上、序文でした。『愛の在処(ありか)』本題は、これから別に書きます。ここまで書けば内容に見当はおつきだと思いますが、お察しの通り、形式主義、「形骸儀式」と、実質本位、「ココロのなかみ」、” 愛は形に捉われないもの ” だという、当たり前のようで案外理解されていない真理についての話です。ここまで書けば書く必要ないか… ただくんわ、くたびれました。読んで下さって有難うです! )

( 分かっていない人はいないと思いますが、念のためダメ押し。前者は、偶像崇拝の思考不全にあることが多く、後者に価値を見出せずに終わる人生はむなしかろう、という主観です。前者を一概に否定するものではなく、世の中に存在する傾向のひとつです )

『日本国憲法』の起草について。明治時代の初憲法の制定時に存在していました。

2016年2月4日、国会予算審議にて、安倍総理が、現行憲法について、「GHQの占領下に僅かな短期間でつくった憲法」とのご主張を繰り返していましたが、事実に反する誤りです。

近年、新聞報道された処では、皇后陛下さまが開催された皇室保管の日本の憲法草稿の展示紹介にて、明治時代の日本初の憲法制定当時に、伊藤博文らが押した『大日本帝国憲法』の他に、候補案が複数存在し、終戦後改定された現行『日本国憲法』の原型と目される近似内容の条文が、既に起草され存在していたことが示されています。

日本へのキリスト教伝播の公称は、1549年、イエズス会宣教師 フランシスコ=ザビエルの来日布教以降とされていますが、キリスト教及び、世界的に古くより広く支持されている仏教、イスラム教などの宗教には、おおむね共通して、愛や平等、平素の節度節制などが説かれており、信仰形態に個性差はあれ、教義の主旨は民主主義の思想母体となる社会真理です。

中国大陸における思想例では、中国古来の諸子百家の一つ、孔子に始まる政治道徳学「儒学」は、儒家が乱世の社会統制に寄与し礼制を普及実践させましたが、「儒教」の教義は、仏教、老荘思想など他教に哲理面でおくれ、宋代に「宋学」が興って深化し、特に「朱子学」として集大成され、更に後の世に体制教学化するにつれ、明代中葉以降、王陽明を始め朱子学の批判修正を経て多くの儒家による学理上の研鑽革新が続き、清末の「共和思想」へ及んでいます。

日本には応神天皇の御世に百済より「論語」が伝来したと称され、「儒教」が社会へ伝播したのは江戸期以降ですが、封建体制下に「儒教」で重視した礼節、軍規の厳守、組織の「上意下達」方針が長期にわたり徹底された後、ペリーの黒船来航を受けて開国にいたり通商上の「不平等条約」の締結、幕末の倒幕思想「攘夷論」「尊王論」が発生、幕末の財政の行き詰まりに提唱者の多くは財政的観点から『征韓論』を提起していましたが、維新後に『富国強兵』政策が提起され、国家君主を神格に掲げた神道との合流から「国粋主義」が台頭し、右傾の極化が進みました。

論拠は別述しますが、『富国強兵』政策は、『大東亜共栄構想』をかざしての世界征服に向けて、日本を暴力主義に傾倒させ狂わせた元凶です。弱者困窮者に対する蔑視を促す根源的な価値観となるもので、不健全と言わざるを得ません。この政策は、敗戦後の民主主義の見地による社会資本的な産業振興を謳うものではなく、『征韓論』が右傾化した「軍事侵攻」「侵略戦争」を推進したものです。

江戸幕府の鎖国政策中にキリスト教が禁止弾圧されましたが、民衆の間では隠れキリシタン村や里に信者が生息し、また、仏教各派の宗教信仰の進展もあり、自由平等という民主主義の母体思想は日本国内に存在していました。

明治初期、神格君主制の軍国封建社会を理想とし実現をめざした伊藤博文らと、対立的な民主社会の実現の推進派も少なからず存在しました。江戸期には、徳川幕府は、各藩の大名に地方自治を認めていましたが、維新後、伊藤ら薩長藩政では「版籍奉還」の名目で地方自治権を損ない、中央独裁の国体敷設を推進し、士族の不満が募り反乱の紛争が日本各地で勃発し、日本全土が混乱に陥りました。

幕末維新の中、そもそもの国会の開設は、1874年(明治7)、板垣退助らの「民撰議院設立建白書」に始まる自由民権運動の高まりから実現したものです。

民権党 - 民権の拡張維持を主義とする党派 : 明治初年、板垣退助らの一派が土佐で立志社を設立したのが初め。

1894年(明治27)「日清戦争」以降、伊藤の指揮による大日本帝国軍の他国への侵攻が始まり、1945年(昭和20)、一旦、敗戦降伏しましたが、日本国家の暴力主義にもとずく「戦争」は終結していません。

日本の政党政治史における民権党の受難は、終戦後の『日本国憲法』制定まで顕著に続き、大逆罪などで処刑された社会運動家は数々あり、平和主義の反戦運動家は処刑され投獄されました。民主主義の確立は程遠く道半ばです。

敗戦を契機に、日本は、70年ほど国の憲法に「9条 不戦条項」を掲げ、直接の戦闘参加はしていませんでしたが、自民党政権による再軍備が進み、昨年2015年、「集団的自衛権(交戦権)の行使」立法、来月3月に施行予定が迫っています。

かつての大日本帝国による他国への軍事侵攻には、内政の混乱を士族の不満を海外へむけさせ統率しようと、道義に外れた見地から突き進んでゆき、当時、伊藤らと対極的思想主義の大井憲太郎などが侵攻の阻止を図り「大阪事件」に至っています。

1955年結党以来、日本の長期政権党「自由民主党」は、数々の大罪を累犯していますが、最たる罪過は言語破壊と言えましょう。施政における虚偽の喧伝はなはだしく、政党名からして「自由民主」とは虚偽も甚だしく、敗戦後、日本の自民党ほど「自由民主」思想と掛け離れた政治政党はありません。不義不実につきる権謀術数主義、公に私に人命を大量に損なっており、自民党政府のウソに混乱している日本人は少なくはなく、自民党の所属党員は「殺人」について罪の認識のない錯誤者と考えます。『殺人特権』思考者も少なからず見受けていますが、軍事攻撃による殺戮の先に何を夢想しておいでか、ご自身でよく考えてください。追ってお答えいただきます。

国民に殺人を強制し、他国民の生命も自国民の生命も強奪し、それで、あなたがたは、どうするというのですか?

2015年9月可決の安保法制は廃止ください。 あなたがたは大量殺人を企図したに過ぎず、極刑至当の大罪です。日本国を滅ぼすのみならず、日本の為政者次第で救われたはずの命を死なせ、必要な策を悪質な故意から採らず無効な偽善を重ね、職務の放棄怠慢において、日々刻々現実に殺人の罪を累犯しているものだ。

誰が裁く訳でなくとも、詭弁を弄して偽っても、真理には変わらない。

安倍自民80万人余り、うち半数40万人ほどは反対しているという噂ですが定かではなく、党員は在党する限り組織の一員として政策を推進するものであり、現在の自民党のすべての所業は、結党目標「戦争再開」実現のための偽善に過ぎない。

憲法9条は護守すべき玉条であり、これを廃する政党には速やかな「解党」以外に選択肢は在りません。選挙用の政策を毎回更新していると嘯いても、大本の結党目標は「解党」しない限り変わることはない。暴力主義と権謀術数、犯罪三昧に『人を殺し殺される国』づくりが進むだけ。国民の人命は使い捨ての道具、「ひとごろし」の傀儡君主を掲げた内閣大臣が亡国の悪計をすすめるために。

宗教思想史の補足: 弥生文化人の列島移住前、先住の縄文文化人が「八百万神信仰」の母体となる「精霊崇拝」「精霊信仰」の文化を持っていたらしいこと、また、西洋方面にも精霊を祭る風習「Halloween ハロウィン(万聖節前夜祭)」という西洋の風習があったそうです・

現政権で導入の『家政婦特区』に異議あり!

昨日より神奈川県で導入されたという『家政婦特区』に、私は異議がある。施行決定までの経緯が不明なため関係者すべてが非難に相当するか不明であり、政策の推進に協力した県や民間企業には善意の苦慮もあったろうと想像しているが、公の担当者の職務意識については問題を認めざるをえず、政策の「差別的趣旨」について抗議申し上げる。

国連が言っているから言う訳でなく私自身の意見が合致するものだが、日本政府の従来の『技能研修』『技能訓練』政策は、他国民に対する低賃金労働の斡旋強要の実態があり、国連から『差別労働』『奴隷輸入』趣旨の抗議を受けている。私も、問題を認めており怒りを感じている。同政策で、応募移入者が強制送還に遭い死亡した事故も起こっており、しかも、同件では国は被害者のご遺族へ謝罪すらしていない。

2014年11月、私の衆院選立候補は国から届出を妨害され成らなかったが、政権交代を企図し公約政策として《 移民の受け入れ 》を提起していた。同政策については、個人的には20数年前には導入の必要を認めていた。今から20数年前当時、すでに日本の少子高齢化兆候は顕著になっており、また、日本の市井界隈には人生の終の棲家として日本を選び、海外から一家で移住していた方々もあった。

『家政婦特区』政策の提起については新聞で読んだが、実施は未定の旨だったため、施行が確定するようなら抗議する心積もりでいた。その後、話題に出ていなかったようで把握がなかったため、反対した人があって決定が流れたものかと考えていた。

(詳細未調査ですが、とりあえず異議を主張します)新聞では ”国の海外技能研修支援就労者の受け入れ政策について外人雇用の求めに応じた民間事業者が、たまたま清掃業の『ダスキン』さんだけだったから、「家政婦」雇用の特区を定め導入を行う” との旨だが、なぜ、対等の人間として、私たち日本国民と平等な人権を認め、『技能研修』だというなら、選択肢を複数用意して「研修技能の選択の自由」「研修技能の選択権」を認めないのですか。

清掃業も産業として成り立っており、社会に必要不可欠で役立っている職業である事実は否定しない。けれど、個人差はあるとしても、せいぜい10歳から13歳程度、日本の就学年齢でいう小学校高学年から中学生で十分に修得できる身体的労務作業に重きをおく「単純労働」「単純作業」です。高度な特殊技能を要する職業ではない。現在の賃金相場で言えば時給800円から1200円がせいぜいの、フツウに体が満足なら誰にでも出来るカンタンな作業です。早い人なら説明書を読めば即座に実施できる、少なくとも日本語を修得して渡航してくるレベルの生産年齢層の人であれば、せいぜい30分もあれば空で覚えて、2日も研修すれば、日本の未修得者に指導が出来る程度に飲み込んでしまう程度の『技能』ではないかと思います。日本人で、家事経験などがなく飲み込みの悪い人でも10日もあれば覚えてこなすでしょう。

『家政婦特区』雇用に応募し来日した方が「ありがたい」「感謝している」と話していると報道を聞き、私は、今日という今日ほど日本人であることが情けなく涙したことはないです。日本と、ご出身の本国との経済格差について侮蔑的な雇用待遇であっても、前向きに『機会』と捉え「出稼ぎ」に来てくださったものですが、この方は、通訳業や語学講師でも始めれば最低でも時給2000円、事務交渉次第で時間給1万円~5万円程度の仕事が出来る方ではないのですか。日本に生まれていたなら、疾うに高度な技術職や頭脳労働が務まり、ほどほどの要職で良好な業務を提供していただろう人材ではないかと想像します。ご本人次第で日本での先の人生がどう開かれるか未知数であり、来日する転機を得たことが彼女にとって幸運であってくれればと祈るばかりです。「単純労働」について、視点を変えれば、”誰にでも出来る単純労働” だから、母国で就学教養が無いなど不遇な境遇にある人でも、経済格差がゆえにより割りよく稼げる日本での就労機会になりうる可能性は否定しませんが、そういう不遇者を ”支援だ” として専ら「低賃金」の「単純労働」へ宛がう態度は、「偽善」であり「傲慢」であり『奴隷輸入』という非難の謗りを免れない政策だと思います。

被支援者本人が労使条件に納得して来日し『感謝』している、”感謝されて、国際社会に貢献して役に立ってい” とか、そういう問題ではない。日本人が、他国へ清掃業や単純労働の ”留学”などしたことがあるか? アメリカやイギリスに留学するにしても大半は高度な部類に入る学術技能、文化教養の修得に限られる。「カネ」があったら、 ”特別” なのか? 人を大量に殺して強奪した冨でも?

窮乏者にとって目先のカネや仕事が有り難いのは現実であり否定はしない。けれど、2015年1月1日、正月元旦、アベシンゾウ総理の ”コートジボアールの皆さんへ日本社会のお古のミシンを差し上げて大変喜ばれ感謝された” ラジオ放送の一件と同根の問題です。

この件には当時並行して背後で(前年2014年秋頃に)日本政府へ、過激派組織「イスラム国」から邦人人質の身代金要求が携帯電話にはいり、「ボールはそちらにある」と、靖国問題を仄めかす言及があったと、2015年5月頃に政府関係者から情報が提供されたと新聞で報じられた。この直後、自民党最大M派の長、M氏が衆議院議長を異例の時期に突然辞任されたかと思うと、意外なほど急逝された。当時、中韓から首脳会談の前提として靖国参拝中止の条件が出ていたが、安倍内閣及び公人多数は不服として集団参拝を毎季慣行し、安倍晋三総理は海外の方々で「靖国参拝は先祖の霊を敬う日常生活上の伝統的風習」「こちらは常に対話のドアはオープンだ」と演説主張し、中国の要人が「ボールはそちらにある」と抗弁しておいでだった。

その後、東京都で、都が開発された環境改善技術を他国へ指導提携しているなどの取り組みが報道されており、また、JR出身の邦人ボランティアの皆さんが他国の老朽化した鉄道線路復旧の技術協力、元自衛官の方が他国で地雷除去活動に従事されておいでで、JICA(国際協力機構、海外青年協力隊)で活動されている皆さんが「ゴミから有機堆肥を作る指導をしている」等、長期の軍事紛争などで荒廃しナイナイずくしの立ち後れた世界各地域のインフラ整備を、文字通り身を呈して救援されておいでのご活動紹介があり、皆さんのご献身には頭が下がります。

けれど、そうした処から、却って更に文化的価値の意味あいについて趣旨を混同し、混乱をきたしているのでは?

なぜ、アジアの後進国、困窮国から技能修得研修者、それも女性を招くなら、日本社会に於ける最要職資格に類する「医師」資格取得に向けての高度な学識技能養成支援、就学支援、「法曹」界就労資格に準ずる就学支援など、この受け入れを行わないのか。

私は、幾回りか前に、野口英世博士に機会を与えてくれた開かれた大国を思う。

日本国民自身でも、昔よりは増えていても、女性の医師・弁護士資格保有者は男性ほど多くはない。けれど、内情が不安定で近代整備が遅れている国ほど、より高度な学識技能を修得した人材を必要としている。日本企業の文化価値は否定しない。清掃業務でも『ダスキン』さんの画期的な新技術も多少は伺っている。だが、ホテルのベットメイクくらい子供でも修得し就労できる単純作業だ。手法の豆知識の価値は否定しないが、誰でも出来る単純作業で高収入には結びつかず、どんなに丁寧に懸命に働いても低基本給の実働収入だけの業務だ。 丁寧な仕事ぶりや人柄が評価され、大きいホテルチェーンの従業員の教育係に抜擢され、どんどん昇進して課長部長社長に君臨し、後年、外人顧問会長に就任 - 等の出世も可能性としては否定しないが、大きい組織の管理職幹部職へ採用されねば高収入にはならず、本国への土産になる専門技能ではなく、日本国民の就業を支えるための下働きの労務雑務に過ぎないのだ。

何故、最も有用で価値の高い学術技能を分かちあい提供しないのだ?

昔、野口英世博士に機会を与えてくれた大国を思う。野口博士が学業成績優秀でも、貧農の出生で、赤ん坊の頃に負った火傷で手に障害が残り、恩師から日本の学閥主義の閉鎖的風土では学業研究は適わないと、渡米を勧められた話は有名だ。

前にも言及したが、どの学術分野や軍事技術についても、アメリカの皆さんは盟友国 日本へ、常に最高域の知財を提供くださったのではないか? 某理研STAP細胞騒動でも、アメリカでご迷惑をおかけしたイチバンの被害者の感があるバーガンディー(?だったか?)教授だけが、最後まで小保方氏を励ましてくださっていたと印象が残っている。

民間医療機関によってはアジア地域からの他国医師の交換就労や技術提携、看護師の就労採用など交流の取り組みもあるが、こちらは現地で医療資格を取得し就業しておいでの、いわば社会的成功者を招くものであり、後進地域のまったくの困窮者不遇者を救援し、能力に応じた教育の機会を与えるという趣旨ではない。

経済優位者の「差別意識」、貧困者に対する蔑視待遇を見る。政策には格差を埋める努力こそ示すべきで、格差に胡坐をかく政策などあってはならないものだ。

日本国民は、日本で生まれた国民であるというだけで優遇され、人手の足りない家事雑用への労働補填、低賃金の単純労働を他国民へ負わせ、文化的意義の大きい専門技能職へ就労して当然とし、他国民は、たまたま他国で生まれたというだけで、能力に応じた適材適所の就業は見込めず、能力を試す機会すら与えられず、社会底辺の低賃金の単純労働への就労しか許されないのでは、不合理な差別である。

当たり前のように水道が出る、ご飯が食べられる、学校や病院がある、日本の大学は経済困窮者には高くて学費も払えない、暗記事項の膨大な学科試験は「体力(健康)」と「時間」を賄うにたるカネがなければこなせない。半人前のうちから剃髪せず髪の毛を伸ばしてたるんでいる、貧乏人のくせに贅沢だ一人前の稼ぎもないのに義務も先行せず生きている権利なんかない、「死ね」「出て行け」行きつく先は得てしてここなのだ。ひとりひとりの日本人が決して薄情な訳ではないが、群集心理が暴走しての村八分制裁が何時でも何処でも必ず起こる訳ではないが、窮状を救済されず不幸な最期を遂げておいでの方もないわけではない。

「ホシガリマセン勝つまでは」、大戦中の国民の合言葉だが、昭和40年生まれの進学受験生のパロディ標語になっていた。「ホシガリマセン勝つまでは」「自己犠牲」「滅私奉公」が ”美徳” として強制され、大自然との調和的思考や野生への回帰は検討すらされず一方的に犯罪と断定された。

1890年(明治23)発布の『教育勅語』は、1948年(昭和23)、国会で排除・失効確認を決議しているが、日の現実として『失効』しておらず根強く社会に残留している。戦争主催国体『内閣大臣制』『天皇制』。国の責任者が国民に原爆投下の被害を負わせてなお、「総玉砕」を号令し保持したものだ。が、強力に保持されており、いて排除のされようがないのだ

。中学高校校則規則などに男子の坊主刈り、女子の御河童切り・男装短髪の髪型画一強制は、日本各地に「社会で最も評価される優等生の髪型」として励行の風潮が見られ、短髪にしている人は「長いと恥ずかしい」「伸びてると恥ずかしい」と恥じらい、断髪の強制者は「だらしない」「みっともない」と画一的に罵る。 ”社会の慣例慣習” ”国民が大切にしている伝統” であるとる『教育勅語』再開口実の既成事実づくりが公的権力において長期集団強行されている。

日本は、貧しい… 臓腑に染みて感じる。

何が貧しいといって、思考力の不足、思索の不足、思想の欠落、意識の欠如、意志の不在、責任的無能力、滅びるべくして滅びる不合理が解せないのでなく、生きようとする気力そのものを失っていないか。

最近の事例で、裁判の審理が始まる前から、罪人の制裁だとばかりに頭髪を刈ってしまっていると2件ほど報道があり、一件は地方議会議員の横領事件、一件は二十歳前の若者の殺人事件で、ご遺族や陪審員の心証を考慮して弁護士が促すのか、間違ってしまった者の身体に制裁を加えても問題の本質とはまったく関係がなく、無意味以上に問題がある。間違った錯誤者も間違いたくて間違う訳ではない。犯罪加害者も不満足な社会で恵まれなかった被害者なのだ。不遇者をよってたかって嬲り殺しても問題の根本的な解決にはならない。社会には病根が残ったままだ。何度でも同根の事件が後発する可能性がある。

だいたい、そもそもがヘアスタイルを変えたくらいで、お茶を濁して禊(みそぎ)が済んだつもりになってもらっては大問題なのだ。反省し改めねばならない観点を本人も社会も再確認しなければならないのだが、本義本題本旨を見失ったまま等閑にされている課題が山積しているではないか。

貧乏国の女性国民、 刑事被告人、社会的に立場の弱い者が不当に権利侵害を受ける国ではあってほしくない。私は、日本は「やさしい国」であってほしいし、またそうありたいと願う。 「強く」なくていい。「フツウ」でなくていい。 だいたい、 ” 弱い者いじめ” なんかする者は、 本人が耐えかねるストレスの押し付け先を必要としているのだ。

安保強行側は「強い経済」「強い日本」をスローガンに掲げているが、 人間を兵器で殺害するのが「強い」と思い込んでいるなら、間違いだ。ただの人殺しだ。

万人に対する慈愛から衆生一切の罪過をひきうけたキリスト、老荘の無為自然、ガンジーの無抵抗主義。  激しい軍事紛争の最中に非暴力に徹し貫いた偉人たちに、どれほど峻烈強固な自戒自制の意志があったか。 人を不当に侵害する無節操な 乱暴は、 「 強さ」などではなく、惰弱な錯誤に過ぎない。

真に強い人は、 ひろくふかくおおきい心で他者を愛し慈しむ。 愛すること慈しむことは、相手に対する理解が前提となる。さまざまな愛の形が存在し、 ”愛” は形にとらわれないものだが、自分の都合の一方的な押し付けは支援には当たらないことがあり、時と場合によっては善意と解されないこともありうる。

たまたま神奈川県の『家政婦特区』の求人条件に納得されて、他国から日本へ出稼ぎに来ていらしている方があり、関係者はみな納得して喜んでおいでの政策企画ではあっても、私は上記の異議不服で釈然とせず憤懣やるかたない。

現政権の安保強行には死ぬほど異議不服があり、安保廃止、党の解体廃絶がなければ「対案」もありえない話だが(どだい、政権党が国家転覆を強行し中央政府が機能不全に陥っている現状に、抗議の主張自体に弊害を認める)、「家政婦特区」制度への、『医学部』『法曹学部』『パソコン・インターネット情報処理課』ほか、『気象大学校』など高度専門学術課程への就学希望者支援枠を併設のうえ改称するか、または、『家政婦』ではなく『日本企業研修(仮称)』など、改称を求める。

あの政策では『女性差別』『奴隷輸入』の謗りを免れない。

念のため重ねて申し上げるなら、「家政婦」「乳母」「住み込み介護職」は立派な職業には違いなく、社会で必要不可欠であることには高度技能職と変わらない。

けれど、現代社会の産業構造における労働報酬額と学術文化的意義には大差がある。前者後者双方の職業に個人の能力資質的な向き不向きと、それ以前の進学立地の境遇差がある。現在は過渡期にあり世界的な経済格差の解消方向へ政治的努力を促進するべきだと考える。

いずれ人類は宇宙へ進出する。太陽系内の惑星開発の推進前後には地球上の国境を解消して地球連邦政府の設立へ進むべきであり、恒星の寿命が尽きる前に星系外宇宙へ旅立つには、より合理的な開発及び統合の促進を要し、世界の統合について経済格差の解消が望ましいことは自明である。

したがって、後進国困窮国の社会成長を促さず、優秀な人材を低賃金労務に飼い殺し経済格差を広げる愚行は滅びの道をゆく錯誤といわざるを得ない。

大日本帝国軍《 伊藤博文 》の開戦流儀  《 奇襲 》 - 殺戮のための殺戮

《 大日本帝国軍 》による《 奇襲 》手段による開戦。なんのための襲撃だったか、なんのための殺戮だったか、どれほど世界を震撼させる重大犯罪だったか。或いは当の日本人自身だけが分かっていないのかもしれません。

1977日本の公立学校 教師授業「昔の馬に乗って槍や刀で闘っていた戦国時代には、イクサといっても、やあやあ、われは、どこのくにのなにべえで、先祖が代々なにをして、って、合戦の口上を長々とよみあげて名乗りあって、敵味方全員が揃って準備が出来てから合戦が始まったから、のんびり悠長にしていられたけど、原子爆弾やミサイルが発明された現代の科学文明の社会では、戦争っていうと、もう、飛行機に乗って戦う飛行機同士の航空戦の時代になる。核ミサイルをボタンスイッチひとつ押して発射すれば、大きな都市が、住んでいる街の建物や大勢の住人も、みんな、ぜんぶ、一瞬で吹き飛んでしまうから、科学技術が進歩した現代では、昔の刀で切りあいしてた頃のように、名乗りなんか上げてるような余裕はどこにもない。明治維新の頃には、もう、世界は、自分が何処の国の誰で、なんて、言ってる間に、ミサイルを打ち込まれて、国が吹き込んでしまう時代になってしまっていた」「日本のような小さい資源の乏しい国で、ソ連や、アメリカや、中国や、広い大陸の国土をもっている大国と、戦争なんかしても、とうてい敵いっこないって、初めから勝ち目なんか何処にもないって、日本人でも思っていた国民もたくさんいた。世界のよその国は、黄色人種の日本人をサルだといって馬鹿にしていたし、日本の国も貧しい小国だと馬鹿にしていた。江戸時代の終わりに日本を植民地にするために軍艦で脅しに来ていた欧米列強は、何処の国もみんな資源も豊かだし、戦闘機を飛ばす燃料を幾らでも持っていた。だけど、明治維新を起こして日本の政府をつくった伊藤博文たちは、日本を欧米列強の植民地にしてはいけない、日本の独立を守ろうと、産業を興して、兵士を鍛えて、近代式の軍隊をつくって、国を護って戦って戦争をした。日本の国民を欧米の奴隷にしてはならないと、死を決意して命がけで頑張った。明治維新の薩長藩士が頑張っていなかったら、今、日本では、もう自分たちの日本の文化なんてぜんぶ無くなっていた所だった。みんなが毎日話してついかっている日本語は、植民地支配されたら、しゃべると殺されてしまう。支配国の外国語しか生活に遣えなくなってしまうという、他に本国のある支配者の属国にされて植民地にされてしまう、支配を受けるというのは、たいへんなことなんだ。自分たちの国の王様や言葉や生活の風習や文化という社会のすべてが、取られてしまう。戦っても勝ち目なんかないから、命を助けてもらえるなら、列強の要求に応じて植民地になってしまえばいいという人までいたけれど、総理大臣の伊藤博文や日本軍の士官たちだけは、日本の国を命に代えても護るんだといって決死の覚悟で国を護って戦ったんだ。国民たちは冷や冷やして戦勝を祈って見守っていた。伊藤たちが敗れれば、もう自分たちも日本人全員が殺されるだけだった。強大な敵を討ち果たすために、伊藤が採った作戦は、相手がまだ寝込んでいる内に早起きして、油断している所をやっつけるという、知恵を使った頭のいい攻撃で、作戦勝ちだった。まさか日本が勝てるとは、自分たちが助かるとは誰も考えていないような日本の危機だったから、日本中の初戦勝の喜びは大変なものだった。囲碁や将棋でも『先手必勝』って言うから、みんなも聞いたことがあるかもしれないけど、これは、日清戦争の日本軍の総指揮官 伊藤博文の武勲をほめたたえて、その後、世界中でみんなが言うようになった。相手が大国で強くても、知恵を使って作戦を練って、相手が油断している不意をつけば、日本のように弱くて小さな国でも勝てたと、アタマを使えば弱くて小さくても勝てるんだって、世界が初めて知った奇跡的な勝利だった。世界中で、日本のような小さな国が勝てる訳がないと冷ややかに見ていたから、、日本の伊藤博文はすごいと、日本の初めての戦争の勝利で伊藤博文の知恵が世界中の評判になって知られて、日本の伊藤はすごい、奇襲なんて何処の国も思いもよらない名案名作戦だと感心された」「戦争というのは頭脳戦なんだ。これからはアタマの時代だから、体ばかり鍛えても勝てない」(略)。

 

こんな嘘を吹き込まれて、まともな人材が育つ道理があるはずがないと、ものを知れば判断がつくでしょうが、教師の「虚構」を真に受けた児童がいたとしたら大問題なのです。当時、教師が語る《 国、日本政府の方針 》に対して国民が抗議していたという話は聞きませんでした。小学校6年でも個人差はあるでしょうが、私は予備知識が無かったので、聞いて即座に、教師の授業が丸っきりの真逆の趣旨で、真っ赤なウソであるとは、判断できませんでした。「授業」「先生の話」として覚えてはいましたが、学校の授業が事実に反する嘘八百だったと知った瞬間には、日本という国に愕然と恐怖や違和感を覚えました。

日本国の貧しさは、国土の狭さ、資源の乏しさ、経済の未発達など物質的貧困の事実もあったでしょうが、物的貧困以前に、為政者の無思想、思考の貧しさ乏しさ、心根心栄えの未発達だったと思います。

アメリカのホラー映画に『13日の金曜日』という作品があります。”ジェイソン” という、アイスホッケーの仮面を付けて、「人相」「顔」という個人の人格を喪失している不審者(殺人鬼)が、チェーンソーを凶器に、ボートハウスでキャンプ中の若い男女たちを襲い、ひたすら殺しまくる、という映像です。ストーリーらしいストーリーがあるわけではなく、ひたすら殺して、殺して、殺しまくる。若い男女たちは、恐怖におののきながら、ひたすら逃げて、逃げて、逃げて抗う。

何処の誰が、何故、何の目的で、何のために、殺すのか?

無機質な ”ジェイソン” には、感情の存在すら見受けない。

”ジェイソン” は、かつて『真珠湾攻撃』を行った ”大日本帝国軍” の像ではないか、両者の酷似について考えずにいられません。

私は、戦後生まれで実戦を体験している訳ではなく、昭和13年、14年生まれの父母がたまたま戦時下を生きながらえ、私を産んでもらうことが出来ました。文献類を聞き知る限りで考えていることです。

『真珠湾攻撃』は、周知のとおり、大日本帝国軍総指揮官 伊藤博文公以降、東条英機首相の総指揮による太平洋戦争の開戦まで常套踏襲された「奇襲」、相手の寝込みの不意をつく不意打ちの一方的集中攻撃の手法です。「卑怯卑劣」「不可解」に尽きる殺戮であることは言うまでもありません。「不意打ちは卑怯」「不意打ちは卑怯ではなく油断が落ち度」、あなたはどう思うだろうか。相手の殺害を始める前に、要求事項を事前通告する訳でなく、協議課題、係争事項の存在すら疑われる殺戮。住人を皆殺しにして、領土を強奪するための国を挙げての押し込み強盗行為だったものでしょうか?

先方には襲撃理由も不明のまま、とにかく住人を襲い、殺して、殺して、殺して、殺して、ひたすら殺した殺戮の先に、いったいどのような展望を夢想し描いたのか。

1941年12月7日(日本時間8日未明)、大日本帝国による『真珠湾攻撃』の後、1945年8月14日、同、『ポツダム宣言』受諾、降伏。

『サンフランシスコ講和条約』への調印で、侵攻先諸国の皆さまに日本への反攻を停止いただくご了解をいただき停戦にいたりましたが、当時、開戦責任を問われた要職者の中に、正義正当の自衛戦闘と主張し侵犯戦争ではないと主張した者があり、再軍備を進め

連合軍が日本を占領の預かりとし、戦争犯罪の再犯を防止するための方針を講じていました。

訂正 前文記述、森林管理員の所属は、「営林庁」ではなく「営林所」でした。

何処らに書いたか思い出せず、取り急ぎ訂正だけ加筆しましたが当該箇所については後ほど訂正いたします。

千葉県大網白里市『十枝の森を守る会』紹介記述については、講師の希望で取り下げました。私としては、有意義な社会資産をみなさんにご紹介、共有、地元の振興、とか、私なりに考えたのですが(ご迷惑だったようで… ご理解いただけず残念です)

当該講師の主張:「右翼にウチに火炎瓶投げ込まれるから止めてくれ」。

私の主張:「そういう時勢ではなく、選挙で政権が交代できるし、どうにか話し合いで社会が改革できる程度の基盤ができている」。

そういう社会不安の経緯があったので可能性がないとまでは言いませんが、昨年安保立法後の内閣改造で大臣複数名が左系に刷新され、たしか、現在、一億総活躍担当のK大臣って、前に ” 靖国参拝しないほうがいいと意見を週刊誌に載せて右翼に実家に放火されて全焼した ” という自民K氏の関係者でわ? で、これ、人事内容で ” 主義・思想・信条・政策の間違いを改めたものとして責任逃れする、ごまかそうとする ” というイミであるとしたら余りに姑息な邪道です。政見方針の転換のつもりだとするなら、明言していないものは改めていないものと全く変わらず、状況次第で180度正反対に言い逃れる「玉虫色の担保」答弁は、変わらない以上に問題です。「玉虫色」答弁は、自民党政権の伝統施政手法ですが、何もしない行政、腐っていく社会、滅びてゆくだけの国家を存続させているものです。

昭和55年、沖縄で当時皇太子だった明仁さまへ火炎瓶投げつけたのは一般住人だろうし、昭和62年、朝日新聞社襲撃犯「赤報隊」は元自衛官らしいという噂ですが、日本では、旧来の有権者層の一部国民にとっての《 政治 》は、社会生活上最大の「禁忌」、非常な恐怖の対象となってしまっています。

今、ゼッタイに民意を示す必要が在るのだと説得の努力はしたのですが、《 政治 》に関わると殺されると思うらしいです。社会の諸問題の元凶が何処にあるか理解できない、という訳ではなく。けれど、一般国民には国に異議があっても選択肢は複数あると思いますが(現在紛糾の安保施行に異議があっても政権交代をめざすとか、日本国民を辞めて移民する流民になるとか、他もろもろ)、今上陛下には、選択のご自由は一切なにもありません。

『天皇制』から解放されない限り、発言権を禁封されたままです。

某「おおさか維新の会」さん(こちらはテレビで国会中継されている公的既存政党ですが)で、『キラキラ提案』提唱されているので、個人企画「平和党」は『きらきらスローガン』を始めることにしました。触発されての2番煎じですが、ひらがな書きなのと由来の違いが当方の独自スタイルだ?!(微妙だが)

先方に未確認の想像では、たぶん「おおさか」さんの「キラキラ」由来は、社会現象的な命名傾向『キラキラネーム』の「キラキラ」ではないかと思うのですが、「平和党」は、推進政策『地球規模の公共事業・大陸砂漠地緑化・森林都市建設-オアシス-計画』の大局目標『大宇宙楽園構想』にもとずき、宇宙のきらきら星をめざすイミでございます!(「おおさか」さんも偶然後者だとおっしゃるなら(ない?)、大変奇遇でございまして感謝歓迎いたします)

☆★きらきらスローガン★☆  日本の健全化は、『天皇制』の廃止から!

『大統領制』の導入!

東日本大地震、被災地 東北地方復興策「ネオ・ジャパン 明仁さまの『解放談話』フェスティバル 各種イベントキャンペーン開催」(同時進行で諸政策一挙施行!)

ちなみに、「大統領制の導入」は、たしか記憶では、「おおさか維新の会」さんで結党当初に提起されておいでだったと思うのですが、ぜひ頑張ってください!

余談:偶然の皮肉。「キラキラ」って、どことなくなんとなく自民党体質「玉虫色」を連想させる擬態語ですが、ここは皮肉な偶然を逆手に取って、「玉虫色」を脱却し民主主義の正道、「正真正銘のキラキラ」を具現するのだ! 古今東西の融合、新生日本、ネオ・ジャパン政権へ交代だ!

 

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《 象徴天皇について 》

今上天皇 明仁さまは、敗戦70年を経て今尚、徳田球一氏が獄中で耐えた18年にも等しいか、或いは、それ以上に絶望に覆われた境遇にございます。

監禁拷問という身体的苦境におかれ絶命の覚悟も不遇悲惨ではあるのですが、生命と引き換えであっても意志を表示できたこと、主義、信条、思想の自由の死守が許されたこと、本来、倒幕維新の志士の多くは民主治世をめざしたのではなかったかと想像され、今上陛下のご境遇よりは、或いは、「言論の自由」を体現しえた球一氏のほうが遥かに恵まれていたかと、私は感じます。

『戦力の放棄』は、戦犯国家 日本政府に対する懲罰。

『象徴天皇』は、戦争責任者 日本天皇に対する懲罰。

《 政治 》《 まつりごと 》は、本来、暮らしのすべて、生きていることのすべてです。それを、してはならない、生きるな。基本的人権は明確に認めておらず、解釈によるとはいえ厳密に検証すれば「象徴天皇」制度は、皇族へ生存権も認めていない。生ける抜け殻の屍(イケルヌケガラノシカバネ)。人として、これほどみじめな境遇はないのです。

徳田球一氏が、当然に異議を認めていたはずの処です。

国民の総意により『象徴』、国民が、基本的民主政治機構を理解できるまで、天皇陛下が発言権を禁封される懲罰をおっておられるものです。「政能あたわず」

戦争責任者「天皇」に対する「言論の自由の剥奪」という懲罰、人に愛玩されている犬猫には意志表示できて分かってもらえる世の中で、人に食用に飼育され堵殺されている家畜なみ? 「女の社会的地位は家畜以下」だという『男尊女卑』それ以下?

与党系一部議員の議会態度を見たら、《 参政 》への恐怖は無理はない話かなあという気はします。

昔、自民党系議員の「人物」「人柄」が良くて支持された時期もあったらしいです。今も地方の地元は概ねそうだと思います。「戦争」が支持されている訳ではない。ウチの父も本人の話では結婚前の独身就労当時、北海道で故 町村さん本人かお父さん(?)-自民-に選挙投票していたらしいです。「あのころは(50年余前)政党としては自民党が良かった」らしい。記述者には不詳。私は、総括して自民党が日本を滅茶苦茶にしてきたと思っており、当時の国民は政党政策を知らずに騙されて政権を与えていたのではと疑っています。日本は国民のガマンで持っている国です。

現在の自民系一部議員の職務態度(議会参加態度)の悪さ、世界的にも最高峰でわ?(悪評あげてどうすんだね) 野党議員が、与党のヤジ攻撃で発言を脅かされている例を幾件か見ていますが、言論の自由の侵害は憲法蹂躪の重大犯罪です。異議があるなら議長へ発言の許可を求めて許可を得て、ちゃんと意見として言え。自民のくそ。