愛の在処(ありか)

おそらくは。

少年は、他の皆さんを好きだったのと同じように、加害者のセンパイのことも好きだったし、センパイとのつきあいを大切にしていました。

少年は、加害者が、自分への暴力行為に追い込まれていた窮状、コミュニケーションの術として暴力に陥っていた境遇を、理解していたのです。

間違いたくて間違う人はいません。

加害者は、人として間違った行為に追い込まれていました。

少年は、やむなく自身を贄(にえ)として差し出しました。

少年は、少年なりに加害者とのつきあいも大切にしていたのです。

オトナに暴力の被害を告げ、加害者が非難されることも加害者を拒否することも望まなかったから、オトナに助けは求めませんでした。

うれしくはない。苦痛だ。どうしたら暴力を止めてもらえるか?

加害者を、暴力に追い込んでいたものは、何物だったろう?

加害者自身が暴力に陥ったヒガイシャだと理解していたが、加害者を追い込んでいた原因を究明して助けてやれるほど、力はなかった。

少年は、センパイが好きで、センパイとのつきあいも大切にしたかった。暴力を振るわれても、嫌ってはいなかった。憎む気持ちはなかった。だから、ガマンした。死ぬまでガマンした。

加害者を、暴力に追い込んだ原因は、何物だったろう?

暴力行為に陥っていた加害者自身が、他のコミュニケーションの術を得る機会を与えられず恵まれず救われずにいたヒガイシャでした。

二人の関係は、少年も、センパイの処世的八方塞の境遇を、少年なりに理解し、センパイを慕っていたものと思います。少年もさしい気持ちだった。

センパイも少年が好きで、暴力を振るったのは害意からではなかった。オトウト分として彼なりに少年を可愛がり、少年たちは仲良く遊んでいたもので、決して一方に重大な侵害意識のある加害者被害者の関係ではないと、私には想像されます。

少年を死なせてしまったセンパイも、ごくふつうのやさしい少年なのです。一部の方が考えているよりは、年齢相応以上にオトナびた心を持っていると私は思います。

感心しかねる素行状態にあった末、子供を死なせてしまうという重大な結果には至っていますが、好きだった少年を死なせてしまい、彼は、1年、悔恨から生きることを考えられなくなっているのではないでしょうか。

「被害者少年の命を背負って生きていく」という誓いは、精一杯の誠意です。

決して少年を害するために暴力を振るった訳ではなく、センパイ・コウハイ、日本の社会慣習「画一生年割り・縦割り上意下達・年功序列」方式の形式主義の対人流儀を押し付けたけれど、なかのよいトモダチで、彼は少年が好きだったのです。不器用な愛情表現でした。

加害者の「暴力」は、彼なりの「愛情の表現」であったのではないかと想像され、加害者は、暴力しか伝達手段のない不遇にあったのです。

言い訳がましい弁解はしておらず、事件の経緯について殊更に自身を悪く話していますが、深い悔恨から偽悪を脚色している可能性を思います。言語能力の問題もあるかもしれませんが、恐らくは、事実相応に事情を説明できてはいません。或いは、自分自身の生存権を事実相応に守る意志もなくしているのではありませんか。

類似の問題は、古くから少なからず存在し、重大な結果を招いてしまった少年が、特異なわけではありません。ごくふつうのやさしい人が、たまたま悪循環悪条件が重なった処で誰でも陥りかねない間違いです。

間違ってしまった少年をゆるしてささえてあげてください。

故人の遺志を酌んでください。絶命してしまった少年は、決して加害者を憎んではおらず、人として慕っていたからオトナに告げかねたのだと思います。一方的に暴力をふるいふるわれ嫌がらせに終始した対人関係ではなく、彼らなりに ” なかよくつきあっていたなかま ” ” トモダチ ” だったのです。

私は、この事件は「殺人」ではないと考えます。被害者少年への直接的加害行為は、厳密には「傷害致死事件」であり、責任を問われるべき成人が多数ありながら、まったく検証されていません。日本の社会は、司法は、どうなっているのでしょうか。

事件の「殺意」は社会に捏造されたものです。

事件現場に、少年たちのなかまが集まっていると聞いています。少年たちは、「事件の被害者加害者」のカンケイや、今の社会のゆがみを、抗議の言葉に出来ないなりに感じているのではないですか。

安保問題で思考が崩壊気味のアタマでかんがえることではあるのですが、乱世の軍規遵守を徹底するための礼節偏向方針『道徳教育』は、おおむね社会対人処世に儀礼形式を重視するもので、明治維新以降、『富国強兵』の軍国主義政策、画一生年序列方式、新参・若手は古参集団でいびりぬく、社会体質として日本に限らず、あるでしょうが、この事件て、もしかして「まわりのオトナたちを見習っただけ」でわ?

悪い慣習慣例を真似るんじゃなくて、良い所を活かして悪い所は改めておくれ~

( 以上、序文でした。『愛の在処(ありか)』本題は、これから別に書きます。ここまで書けば内容に見当はおつきだと思いますが、お察しの通り、形式主義、「形骸儀式」と、実質本位、「ココロのなかみ」、” 愛は形に捉われないもの ” だという、当たり前のようで案外理解されていない真理についての話です。ここまで書けば書く必要ないか… ただくんわ、くたびれました。読んで下さって有難うです! )

( 分かっていない人はいないと思いますが、念のためダメ押し。前者は、偶像崇拝の思考不全にあることが多く、後者に価値を見出せずに終わる人生はむなしかろう、という主観です。前者を一概に否定するものではなく、世の中に存在する傾向のひとつです )

投稿者:

武井 直子

◎ 1965年(昭和40年)6月28日神奈川県鎌倉市生まれ。血液型 Rh+A型(遺伝子型ao)。本籍 山梨県都留市(旧 南都留郡三吉村)→千葉県大網白里市(2016年7月現在、同3月に本人の知らない内に親族が現住所へ移転していた為、他日、誤移転を訂正する予定でおります)。千葉県大網白里市(山武郡大網白里町)在住。北海道で保育園に通所、神奈川県横浜市へ居住後、千葉県山武郡大網白里町へ移入。大網白里町立大網幼稚園、同大網小学校、同大網中学校、千葉県立長生高等学校卒業。大学は入学辞退2校、除籍処分1校。1980年(昭和55年)9月外傷以降色々あり現在も病養中。2014年(平成26年)6月より国政抗議活動、同8月政策提言活動を始め、同11月より個人企画「平和党」をなのり国会議員就労志望、議員当選なし。支持政党は日本共産党、生活の党、社民党、民進党、おおさか維新の党、民権9条護持派を支持。

“愛の在処(ありか)” への9件のフィードバック

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