選挙公約中間補足 「教育制度」 : 学費、授業料について。ほか。

まだ結論の出ていない検討事項があり中間補足です。

皆さんは、日本の天皇が明治維新以降の太政官政治の傀儡君主で、皇族の皆さんが籠のトリなの分かってます? 陛下はモノを自由に言えないんだよ。犬猫だってイヤな時はイヤって意思表示するのに、日本の天皇は、戦争とか軍事攻撃とか内心はっきりイヤだと思っていても、口に出してイヤって言えないんだよ。内心で ”国民に天皇制を廃止してほしい”って思ってても、口に出して言えないんだよ。陛下は、国民の総意で、そういう状況に置かれているけど、国民のみんなは自分たちの権限で陛下がそういう立場に置かれてるって、分かってる? 陛下は女性親族おふたりを皇籍から外されている。結婚して子孫を授かってほしいお気持ちもあるだろうけど、皇室の後継者をお嫁に出されておられる件は、”皇室廃止”という陛下のご意思表示に思える。

それから明治維新に際して江戸末期の孝明天皇は維新の立役者に殺害されたという説がある。明治天皇の擁立に孝明天皇が存命だと邪魔だから。これは別途あらためて。

ニコニコ笑ってても死ぬほど悲しい苦しい人も沢山いるよ。真実を見ぬけ。疑え。自分のアタマで考えて答えを出せ。答えを出すための情報を手がかりを掴むんだ。生きることは学ぶこと、学ぶことは生きること。今の日本のガッコーじゃだいじなことは現場の先生にかかってて限度限界がある。育てるべき芽の多くを、社会を真逆に進めてきた国権が間引いて、社会を担う人手を叩き潰してきた一端がある。殺しあわなくていい。「論争」という言い方もするけれど、「論争」が成立する言論の自由の確立こそ民主主義のひとつの到達点と考えていい。闘ってくれた先人のお陰で、私たちの世代は言葉で通じる自由を手にしつつある。こんな冥加はないのだ。大いに学び語るのだ。世界中で暴力主義が廃れ、話し合いで折り合いのつく平穏な暮らしが営まれ、「戦(いくさ)」という文字表記を日常に使わずにすむ時代を迎えたい。そう思いたかったが、実は、今、モノが言える権利が危うい。事実に即した「補足」ではなく、行政記録などの「捏造」、文献類の隠匿、国内外著名人多数による「偽証」報道、アベ勢力の歴史書き換えに本腰が入っています。文献の『焚書』が実施されるのは時間の問題かもしれない。皆さん、ご多忙とは思いますが、今のうちに図書館で近代軍事戦争史を読んで調べてみてください。戦後生まれには最初で最期の機会かもしれません。二昨年末「特定秘密保護法」採決以降、自民党のコトバ狩りが急進しています。

一昨年夏、「集団的自衛権行使容認の閣議決定」前後に、都内新宿駅前で政策に抗議の焼身自殺者が出ました。昨年春、東海道新幹線内で焼身自殺者が出ました。後者では火災の巻き添えになって落命された方があり、故人と面識のあった近所の方が「(事件前に)年金が少ないと不満を漏らしていた」旨、報道機関の取材に話しておいでです。遺書は見つかっていないとされていますが、或いは現政権に都合の悪い抗議文が遺されていたのではないかと想像しています。他界された方々のご冥福を祈ります。他に政権批判事件も複数ありました。残念ながら、昨年7月衆院、9月参院、自民・公明・次世代の党・新党改革・無所属議員ほか474名の賛成投票により軍事攻撃事案が可決、今年3月施行予定で、1月現在、自衛隊員の軍事訓練中の由です。

憲法条文など一般法典を読めば矛盾や問題も認めると思いますが、特に「国会議員が議会中発言の責任を問われない」、どんな悪法を定めようと立法に関する責任も全く負わない、賛成票多数を表明した立法責任者たちが何所の誰か記録も取らず残さない、国会与党 自民党は権力を濫用して犯罪三昧しほうだいなど、課題があります。

「安保法」昨年9月可決後、野党国会議員が臨時国会召集による継続審議を要請、内閣は拒否。年明け1月、予算質疑国会が始まり、野党の安保廃止要求に、現職は「他国が歓迎し国際社会で評価されている」と答弁し、安保法廃止や審議再開意志なきらしき旨を主張。これまで、現職総理は、野党議員からの質問にきちんと答えたためしがありません。「廃止する」とも「しない」とも質問に返答せず、万事、後になって正反対趣旨へのすりかえが可能な『答弁拒否』『職務放棄』『背任行為』に徹しています。答弁せず対応したためしがないにも関わらず、「内閣史上、最大回数の答弁を果たした」と虚偽を喧伝しており、この件だけでも極刑に値すると考えます。日本の国の最要職はその程度の権限を託されており、担当者次第で何万何億の人命救済が可能です。現職が現行政策に費えている時間労力のコストには膨大数の人命の犠牲をともなうものであり、日々刻々為政者次第で生存可能なはずの人命と引き換えに画策されていますが、しないほうが余程マシな錯誤多数を見受けており、総辞職解散、政党解党、政界引退が、アベシンゾウ氏に為しうるベストの選択だと確信します。

日本の自由民主党は「憲法9条撤廃、交戦権の回復」という結成目標を果たす段に至ったとき、解党しなければならない組織です。人類の世界的な法治が進めば、「戦争」「非合法闘争」の規制が進む、これは自然な社会成長です。時間の逆流は通常ありません。自民党内には新党でも立ち上げれば付いてくる同志は多かろうと予想される人物もありますが、基本的に、昨年7月9月の軍事攻撃立法についての賛成投票者は極刑に処するが至当、為さねばならないと思考され、抗議に反省訂正なき場合、訴追の意志でおります。死刑制度は廃止方針なので、国外追放、砂漠へ送致「植樹懲役」に服していただく予定です。子づくり子育ても、流刑地で、太陽光発電冷房完備の囚人宿舎を保障しますから、どうぞご存分に。ご懐妊は祝福します。ご安産も祈念申し上げております。けれど、国民の生命を預かる国会議員としての責任は別です。

この常識の弁えのない巨悪者たちにとって、亡国の大罪相応に刑に服していただくことは、罪を浄化し新生児の救助ともなることを、国民の皆さまは是非とも理解され、次回よりの選挙は野党候補へご投票ください。日本を腐らせてきた犯人たちを腐ったまま放置してはいけません。政権を交代しなければ日本に未来はありません。

前置きが長くなりましたが、以下、本題です。

 

☆ 全学校の学費・授業料の全額無償化。

従来の「小学校」「中学校」義務教育機関だけでなく、「高校」「大学」「大学院」及び、「幼学校(仮称)」「乳児園(仮称)」、すべて公費負担の教育機関・養育施設の運営実現をめざします。

《 教育制度の政策について中間まとめ 》

① 「小学校」「中学校」「高等学校」「大学」「大学院」全学における年齢枠の廃止。従来の「保育園」「幼稚園」を「幼学校」(仮称)へ設立移行。

※ 就学年齢 3歳児へ引き下げ、『教育を受ける権利』を拡充します。また、後項の通り学童保育との統合整備をはかり『子育て支援体制』を整備拡充します。

② 授業形式の従来の「一斉授業」から「単位取得制(認定制)」への移行、移行にともなう「飛び級制度」の導入。

③ 国内全学学費の公費負担、無償化。「海外留学奨学金」制度の公設。教員資格認定制度を設立し、就労権、就学権を拡充します。

※ 学科単位認定制度を導入し、導入にともない教員資格認定制度を設立し、本人の意志次第で働きながら学べる体制を構築します。生活が厳しい方、稼ぎたい方、教えるのが好きな方、人それぞれ希望があると思います。他人さまへ物事を教えることには自分自身の学びを深める恵みもあり、学術一般文化を研鑽発展させ、知財の共有熟成を拡充します。

④ 「乳児園」(仮称)の公設と、従来の「学童保育」の整備統合。

※ 赤ちゃんを預かって育てている施設、里親を探す取り組みをしている施設などは既に存在しますが、民間のベビーシッターへ赤ちゃんを託して虐待死被害に遭っている事件も生じており、仕事や用事で身が自由にならないお母さんお父さんは多く、子供を社会で育てることを考えるべきで、より体制を整備拡充します。

☆ 校舎、園舎について

多少の補修程度で使用可能な古物件は多数あり、既存の空き家や空き箱物資産を最大限に活用します。活用しうる社会資産を活かすという概念提起は以前からされていても取り組みが進んでおらず、活用による財源化を進めます。

校舎・園舎は、ふつうのおうちで十分です。お年寄りの介護施設と同様です。肝心なことは、サービスを実施提供する「建物」そのものよりも、むしろ、毎日の暮らしに、子供やお年寄りのお世話や面倒を見てくれる人手を必要としている皆さんの所へ、対応の出来る「人手」が確実に配置されて就労権も保障され、運営が柔軟に維持される「ネットワーク」システムの確立です。サービスを提供する場となる建物も必要ですが、サービスの要は「建物」よりも、保育士さん、学習を指導する学科担当教師、介護士さんなど、提供されるサービスの実践主体者である皆さん、「人」です。

☆ 学校法人などについて

現行制度を活かして維持及び改変により、私機関、私学、諸学校法人についても、公的審査により運営費の公費負担機構の構築と活性化。

従来の枠組みの中にも取り組みがない訳ではないと思いますので、縦割り行政の弊害未解消など、全般的な行政機能の不全傾向など改善を要する課題もあり、見直し点検や整理による改善を進めます。

 

☆ 関連して、地方自治の再建再興政策。

大きい政府、小さい政府、行政権の地方移行、地方自治権の拡充、最低賃金と生活保護費の逆転問題、地域経済格差など。

公務員制度の拡増。検討中事項ですが、選択肢として、一時、一旦、公的雇用を増やして、再建をめざす方途もあるかと考えています。公的雇用により、労働者の給料賃金の安定、職権の身分・効力的な保障などの利点が在るか?

学校授業料無償化ほか、従来の経済困窮家庭児童への就学雑費支援などは引き続き継続し、現行規定に問題点があれば改善を図る。改変には必ずコストを要するので、既存の規定制度を最大限に活かし、多少の代替良策があっても切迫していない問題については、変えずに維持し様子や頃合を見るにとどめ次代担当者へ報告を申し送る。極力、既存の社会資産をそのまま活かす形で再生する方針です。また、学生の卒業後の進路について、公的機関における職員としての一定期間の就労による報恩規定を検討しています。就労に関する年齢規定について、制限設定の実施・不実施を検討中。

老人福祉施設など企業法人に、一時、再興に向けて公営機関へ昇格させ、公務員雇用を拡大。地方に公営事業拠点を設置、新卒及び修了者人材を地方へ義務就労していただいて、地方に人手と就労移住者のご家族など、人口的な移動と分散を促し、地域社会の再建再活性化する、大学進学費を公的に負担する報恩として、地方各地での公的機関への就労を義務付ける、など、検討中。

 

現在、既にNPO組織活動の社会的推進があり、市民運動、市民活動を助成する基盤が始動していますが、将来を見据えて特に公益性の高いものは公機関への昇格による公的運営への移行が促進されて然るべきです。

各業界それぞれございますが建築業界の経営現状にも改善を要する課題が多数あり、(国で担当するべき者を十二分に雇用して既に30年ほどは各々検討しているに違いないのですが、少なくとも30年、改善すべき不合理が放置されている様子です)いちおう言及します。『入札制度』は、建前として、業者間の事前「談合」を禁じているものの、関係行政担当者の汚職の温床になって久しく、犯罪をフリーパスで常習するための制度と化している疑いがあり、贈収賄事件の摘発例も時々ありますが、氷山の一角であろうことは万人の所感だと思います。『独占禁止法』の制度欠陥は改善がが急務であり、悪法全般、無用の長物や社会に害をなしているだけの不合理の見直しを要します。私案:一旦、公営で預かり社会体制を整備し、市場への供給の過不足のアンバランスを整理する。それだけでも相当な事業改善を見込めると考えます。少なくとも、従来の法人企業組織と法規制の枠組みを越えた社会的な協力体制の構築が必要。大手企業も目先の権益獲得に走り営業範囲を広げすぎて経営管理が放漫杜撰に陥るなど組織的機能不全が見られ、企業としての経営理念の喪失を感じる一面がある。中小零細企業では、ギリギリの経営苦で食い詰め、必要経費すら捻出できない窮状で四苦八苦していても、日本では企業を育てるための公的な支援や救済の機構体制が、まだ存在しない。少なくとも、私は聞いたことがありません。

欧米では、経済史的に古くは「銀行」が優秀な行員に起業審査を徹底させる処から始まり、現在右傾化して危機感はあっても、社会に市民活動や支援協力の基盤が存在し、市井の声の尊重や相互対話の文化史がある。ほんの70年前の終戦までコトバ狩りが当然のように社会を覆っていまだ解消しておらず、”自由闊達な議論”などというものは、まだ、この国の実情は、社会浸透の実現には程遠い夢想と思われます。

別儀ですが、英国のシリア空爆参加の議会議論が始まった際、私は問題を認め、参加を控え思いとどまっていただきたかったのですが、英国駐日大使館のサイト記述が英文のみで構成されており、英語が分からず意見をメール送信できず、英国駐日大使さまへ意見を出せませんでした。

近代戦闘機の攻撃(空爆、ほか)による殺戮は、社会一般の小さい殺人犯罪とは、意味合いが違うのです。巨大な軍事兵器で、「人間」を、「個人の尊厳」もなにもなく、「虫ケラ」のように、害虫だといわんばかりに惨殺する、という「殺人」です。或いは、遠い将来かもしれませんが、先々人類が存続して社会の法治が進めば、必ず問題視される行為です。してはならない「無裁判の処刑行為」であることは言うまでもない。英国の空爆参加後、国内で、「シリアのためだ」と叫んで人を刺し殺した事件が起こったと報道されました。被害者の方のご不幸は、悔やんでも取り返しがつくものでなく、大変申し訳なく思っています。野党系の政党及び国会議員諸氏、一般国民の皆さん可能な限り呼びかけて、シリア空爆参加に反対していただくべきでした。自分の生まれ故郷のきょうだいを、虫ケラのように殺されて、痛みを感じない人のほうがどうかしています。私は、英国の空爆参加を控えるよう忠告し止められる立場にありながら放置した日本政府の罪を認めています。自民党を、絶対に許してはならない。内実のない嘘しか言わない、ただの人殺しの組織です。本来、権限も手立てもない私でなく、公的に雇用をうけ特別な身分権限手立てすべてを与えられた対応するべき者がありながら、してはならない悪行にコストを散じ、するべき仕事を何ひとつしないとは、どういう了見か。堂々巡りに悲憤がこみあげ、既に巨罪に穢れはてている人殺しを非難して、自身の無力無能や罪が変わるわけではないと、脱力しています。

私は、IS邦人人質事件 後藤健二氏を殺害した戦闘員が、英国の空爆で殺害されたと報道を聞いて、悲しく空しいばかりだ。生け捕りにして、生かして、話が聞きたかったし、聞くつもりで予定していた。湯川春菜氏、後藤健二氏の供養に。故人の人生は終止したが、残った私達の記憶の中に事件とともに存続しつづけている。行動できていたら変わったかもしれないものが、こんな結末で、同邦として、おふたりにも申し訳ないばかりです。

館ていただ区為止まってきたいとお願いし手とどまってとめ寺てとめてもらようとくださるよういけん反対でした。英国のシリア空爆参加に反対していた国民の皆さんの姿が報道されたのを見て、少しだけ救われたように思います。気画しました。が現在も国民が意見を言う、行動する、国会でも議員が議論をする。話し合いの社会的土壌が、いちおう、存在し成り立っている。

日本は、国会が機能不全です。野党議員の質問に、内閣大臣が一言も答えない。

自民党の結党目標「再軍備」「戦闘参加(戦争)」再開を一途強行するために、あらゆる犯罪手段を尽くし、犯罪しかしない。

 

 

で、今、何においても考えねばならない国の最重要課題として、取捨選択の基準、国のめざす方向の討議が必要不可欠です。

日本は、明治維新以降、「初代内閣総理大臣 伊藤博文」以降の世界的侵略犯罪についての国内的解決を果たしていません。日本の長期政権党 自由民主党は、60年、敗戦について「侵略の解決」とは真逆の取り組みをしています。自民党が一刻も早く解体廃絶しなければならない諸悪の元凶的組織であると、国民が理解していないとしたら大問題です。日本の国民には、一時期、親から「博文」と名づけられている子供が少なからず存在しますが、これは日本政府の非道の証です。

伊藤博文の「博文」という個人名は、例えて言うなら人名として「悪魔」「癌」など名前ではありえないような劣悪なセンスの命名よりも、更にずっと酷いお名前です。全国の「博文」さんには申し上げづらいお話ですが、自民党政府の国際的国家陰謀の不当非道をぜひともご理解いただき、皆さんの親御さんが自民党政府に嘘を吹き込まれてすっかり騙されてしまっていた被害者であり、子供に対する愛情でおつけになったお名前には違いなかろうことや、日本の小中学校では全く教えてこなかった大日本帝国時代の近代軍事紛争史を、この機会に考えてみてくださるようお願い申し上げます。お名前の由来に関与をお持ちの「博文」さんに限らず、他の日本国民の皆さまに於かれましても、朝鮮半島の皆さまが日本軍の侵略犯罪から物心に被った大損害の苦難について、ご把握おきくださることを切望いたします。

先日、北朝鮮による「”水爆”実験」公表がありましたが、パク大統領さんが慰安婦問題でくじけた様子を見て、キム書記さんがエールを送ったのではと、私は思います。直後、韓国で昨年8月、地雷被害後に何年かぶりに再開したという『国境音源宣伝攻撃』が再開され、南北関係がここまでこじれてしまっている所へ、日本人の立場から申し上げては不謹慎かもしれません。「エール(声援)」といって語弊があれば、日本政府による権利侵害に対して朝鮮民族のプライドを示したものと。

北朝鮮(の代表・幹部)より、日本の自由民主党(の代表・幹部)のほうが、国際社会における人道的に大問題なんですけど、まさかとは思いますが分かっていない日本人がいるようでしたら解説いたしますので、わたしめまでお声かけてください。

本来、日本人自身が国内で整理しなければならなかった課題ですが、朴槿恵大統領殿や被害者の皆さんに問題解決の負担を押し付けてきた歳月と現状について、日本人として大変申し訳なく思っています。昨年夏、「韓国戦争記念祭典」へ出席くださった鳩山由紀夫元首相、「中国戦勝記念祭典」へ出席くださった村山富市元首相とも、あるいは同じ想いでおいでなのではと考えます(両元首相さま、ありがとうございました。今上天皇・皇后両陛下さまもご出席されたかったはずだと想像しますが、現政権閣僚たちが陛下をご出席させて差し上げず、怒りを感じております)(現在、今上陛下の海外ご訪問は、政府の閣僚たちが自分たちの政策方針で決定しています。日本の国事行為に、陛下ご自身の意思は全く反映されず、また、内閣総理大臣の選出選挙に98%の国民に投票権がなく、国民の民意の反映がないことも違憲です)。

 

少し前から思う所がある。昭和52年頃、小学校で『戦争(せんそう)』というトランプゲームを流行らせていた子供があった。「こんどトランプの新しい遊びが出来たよ。みんなでやろうよ。ルールが簡単で誰でもすぐ出来るから。みんなで遊べるように教えてもらってきたからね。ルール簡単だから、みんなでやってみようよ」。カードをめくりながら、皆、元気に掛け声をかけた。「せ・ん・そ!」(配り分けた札をめくって繰り出し、札の数の大小で勝負する)、「せ・ん・そ!」(勝負)、「せ・ん・そ!」(勝負)、「せ・ん・そ!」。誰の発案だったのか。私の祖母は仏様のように優しく、野育ちの孫が行儀の悪さを極めても、いつもニコニコ笑っていた。怒るという気質のない穏やかな人だったが、生前ただ一度きり、孫たちが学校で覚えてきたカード遊びは咎めた。後にも先にもこの件だけだ。「なんで、そんな遊びしなさるんね? 戦争なんて、よくないんよ。なんで戦争なんて言いなさるんね? 他の言葉じゃダメなんね? なんで戦争じゃなきゃいけないんね? なんでね?」。悲しそうに表情を曇らせていた。(?)「学校でみんな遊んでるよ。ほんとに戦争やる訳じゃなくてトランプで遊ぶだけだからみんながやろうってやってるよ」。「おばあちゃんがトランプで遊ばないでほしいって言ってるから、みんなトランプは止めよう」。 戦後生まれの子供には判断の根拠となる予備知識もなく、「『ゼロ戦』て知ってる? 日本の有名な戦闘機で、特攻隊が敵をやっつけたの。世界中から日本の技術力は高いって評価されてるの」などと聞かされても、それが何を意味するかなんて丸っきり分かりはしない。聞いた当時、そうなのかと聞いた話を覚えているが、とんでもない陰謀の推進者が存在したのだ。

「お金の話ははしたない」。「子供はお金の話なんかしたらいけない」。「カネ」の話、「国」の指定方針外の物事、「裁判」「訴訟」についての異常なタブー視や特殊扱い。「兵隊」「戦闘機」「武器」「軍事基地」『戦争』。「ゲーム」、「攻略法」、「戦略」、「奇襲攻撃」、「先手必勝」。意図された符牒のように響く。

国内の再軍備が推進されていることは、昭和47年前後に提起されていた。

敗戦降伏後70年の間、なんでもないことのように、犯罪一般、暴力主義が蔓延し、「損害賠償」「責任の所在」など、日本における司法権の確立、法治支配による社会的統合の浸透は疎まれてきた。犯人が何所の誰だったか、漸く理解したように思う。

トランプゲーム『戦争』は、学校で子供たちが幾日か遊んでいたが、その後、「学校に授業と関係のないものは持ってきちゃいけないんだって」、マンガや雑誌、玩具類一切に関する教室への持ち込みが禁止され、以後、後々まで校則が厳重化された。当時、おそらく学校側で当該トランプゲームの考案者、提起者、”犯人”探しを行ったものと想像される。父兄から苦情や抗議が出たのだろう。余り印象に残っておらず後から思い出し気づいたが、当時、祖母だけでなく、私の母も「みんなトランプなんかで遊んじゃダメよっ!」、かなりの剣幕で怒っていた。「ああ、神経衰弱なの、神経衰弱とか、そういう遊びならいいのよ、神経衰弱はいいわねえ、いいのよう、遊ぶならそういう遊びになさい、あんな遊びもうしちゃダメよ、ほんとにまったく(略)」。オトナたちが何を問題視していたのか、詳しく解説してもらわねば子供には分かりはしない。当時の日本の学校では、国際社会で生きてゆくうえで必要不可欠な世界の常識、大日本帝国による侵略犯罪史について何一つ教えていなかった。それどころか、積極的に将来を叩き潰し、生命を国家犯罪の原資として「国民総生産高」へ献納させ、意図的に死なせる為の洗脳が施されていた。日本政府は、どのみち近い将来に戦争の道具として殺す予定の子供たちに、生きてゆくための心の糧など、手間隙費えて与える必要を認めず、計画殺人を推進していた。国による国民に対する計画的な殺人。そう疑わざるを得ない事件が、社会に膨大に葬られている。日本社会における刑事事件の発生数検挙率などは、公表値より大幅な上方修正を要する疑いがある。検挙立件に至らないばかりか、「殺人」の事実が把握すらされていない被害例が、場合によっては年間推定概算数百万件ほど存在する可能性、疑うに足る根拠が存在する。

 

また、当時、長髪が学校で排斥され、丸刈りや断髪の強要が徹底されていた。小学校教諭の『学校指導』は「原始時代はハサミという文明の利器がなかったから、髪の毛を切りたくても切れなくて長く伸ばしているしかなかったから長くしていた。今は文明社会でハサミがあるんだから、髪の毛は短く切るのが常識で文化的。髪の毛を短く切らないで伸ばしているのは原始生活の原始人がすること。髪の毛は短く切る。今は髪は短く切るのが社会の常識で文明の証だ。学校で先生が国の方針を教えているのに学校の指導に従わないようなら社会で生活はできない。ニンゲンが髪の毛を伸ばしていたのは、ハサミがなくて切れなかった平安時代まで。ハサミが発明された文明社会では短く切るのが清潔で便利で近代的。男子は坊主刈りが一番男らしくて日本男児にふさわしい髪型だし、男女平等社会では女子も男子と同じように短く切って、いずれ全員が坊主刈りに統一していかないと何時までたっても女は家畜以下の無能な原始動物のまま。まだ女子はおかっぱに長く伸ばしてるけど、先生の言うとおり男子と同じように短く坊主にしていかないと男尊女卑の地位が低いままだ。女の地位を男と平等にしたいと思ったら、女子も頭を男子と同じ坊主にしないと平等にはならない」。

前記は実話だ。日本の文部省の管轄で養成された義務教育機関の就労教員には、髪型、服飾といった、デザインやファッションという文化概念の知識が欠落した偏狭な妄執を見うけ、社会常識の指導ではなく、断髪の強要という刑法に抵触する傷害行為が長期実践されていた。リクツといっても、言語道断の暴論であり、青少年の人格形成を損なうだけの不当な権利侵害だが、軍事国家として、個人に主義・思想・信条など一切の文化的自由を許さず、戦争のための兵士の画一養成としての『学校義務教育』だったものだから、女子の断髪が強要推奨されたものと思考される。当時、地方の田舎では「学生は学生らしく坊主頭がまじめでよい」「髪の毛の手入れにつかう時間があったら、学生のうちは坊主にして一秒でも勉強に回せ。アタマを坊主にするだけで時間がうく。単語のひとつでも暗記する時間がつくれる」「まだ半人前で社会に食わせてもらって勉強している間は坊主頭にしていたほうがいい」、特に疑問も異議もなく歓迎されていた様子だった。嗜好の自由でも、私は迎合者の無思考や他者に対する無遠慮な権利侵害の鈍感を犯罪と断定せざるをえず大変な危険も感じる。戦中終戦直後生まれの親世代は、結局、自由民主党が推進していた「お国のため」の戦争再開政策を長期支持し、子供の人生については、多くの人が、他人との比較で社会への高貢献や高評価、高功績、高級取りなどの3高4高5高に面目や自尊心を満たすという価値観を持ち、そういう社会風潮だった。事実を否定も肯定もしないが問題を挙げれば、子供本人の内面的所産は考慮の対象外にあったこと、他人と比べての画一的世間体を絶対不動の価値とする競争社会の内面的貧困。うすっぺら、表層的なカチマケに一喜一憂する思考の単純化短絡化。自民党政策なら当然に招かれる所産だが劣悪で残念な社会風土だ。幼児の齢になれば、人間社会の競争競技に娯楽性外のむなしさを観察し解しうる。明治時代に伊藤が提起し、太平洋戦争中その事後も長期にわたり現在に至って尚、日本社会に巣食う暴力主義の同根発想『富国強兵』。個人の内面生活がどんなに惨めで不幸で酷い人生でも、想定外、問題外。極論を挙げれば、軍人として最新鋭の戦闘機を駆使し他国の人々を大量に殺戮する巨大犯罪を働いても、国家に最高貢献とでも表彰されれば、悪魔の所業も亡国の非人道も『親の幸福』『子育ての成功』として陶酔の対象に錯覚される時代らしかった。

ガッコーで全面禁止した出版物には「長髪」はじめパーマ・カーリーヘア諸般、ほか、髪の毛の最先端のファッションの流行が紹介されていたが、オトナの化粧や自由は当たり前でも、画一指定強制の丸刈り以外の若者の変装は「不良」「非行」など過剰な特殊視が社会風潮として存在した。変遷はあったが、60年の自民党政権時代、国民、特に子供世代の多くは、髪の毛を伸ばすことを犯罪視され忌み嫌われ、滅私奉公、自己犠牲といった「悪徳」の実践とともに剃髪落飾坊主刈りが励行された。

ヘアスタイル(髪型)は現行法の建前では個人の自由であり、たかだか髪の毛の話でもあるが、一事が万事の例で、都心部は多少事情が違うが日本の地方社会に個人の自由は長らく見受けなかった。日本の自由民主党の主義方針は、国の領土人民は、国家元首の支配する所在であり、国民は国家にすべてを捧げて在籍を許される存在にて、国民個人にはなんら権限はなく、国の発展への寄与貢献に限り許可してやぶさかでない。国民の髪型は剃髪の丸坊主が最高道徳形状であり、国民個人のよけいな装飾や情緒は「お国」「公」の人の迷惑であり害だから慎め。一人でも多く他国民を殺し自分自身も働きぬいて一刻も早く死ぬよう心がけ、国の恩恵に養われている身はすべてを国に捧げて慎め。国民は卑しい身の程を弁えて先祖の英霊を敬い、個人に権能や価値はなく、社会や体制に異議や疑問や不満など決して感じたり考えたり言ったりしてはならず、天皇陛下を神格元首とする日本の国体は永久不変の磐石であり正しい判断は高い学識を積んだ大臣と博士しか出来ない貴い仕事で、卑しい一般国民に国造りの有益な仕事は不可能だから、出生も弁えず学問や職業の自由など高のぞみしてはならず、国家が決めて与えた役割以外の生態活動などしてはならない。国のまつりごとは先祖代々伝統をになってきた名家の大臣と博士だけが、国家元首 天皇陛下のために判断する。組織の下位の立場の者や市井の一般人が、身分を弁えず物を言ったり考えたりしてはならない。国の伝統的な名家だけが尊く正しく絶対であり、他の国民は国家へ自己を犠牲に捧げる栄誉を最高道徳として死ね。 - アベシンゾウ政権の諸政策の趣旨方針は概ね以上のところと理解している。2014年12月、衆院選挙立候補届出を妨害した総務省職員も、犯行の口上全般が同様の論調だった。自民党の自主制定憲法草案はまだ読んでいないが、どうせ大日本帝国憲法と大差ないと思う。「国民」は皇国支配のための殺人(戦争)の道具で、家畜や奴隷人足ですらないのだ。

殺人に狂喜し、殺人に狂喜し、殺人に狂喜し、殺人に狂喜し

取り返しのつかない大間違いを誰も決して喜んでいる訳ではなくとも、被害者の痛みを嘲笑っているかと疑われる。万人のため自身のために悔い改めて償いを、心からのお詫びを。国の代表という立場には相応に果たすべき責務があります。被害者の皆さんは、認識の恒久的共有による意志の疎通、痛みを分かちあう意思の表明がなければ癒されません。カネがほしい訳ではありません。余りにも人をバカにした態度です。

「慰安婦問題」被害者の皆さんが人として当然に求めている処は、互いを尊重する意志です。真心からの言葉による謝罪、対人関係の回復と、未来に向けた信頼構築の前提。人として尊厳を踏みにじられた苦痛に対する償い、「尊厳の回復」を求めているのです。自民党60年の不実に更に重ねての侮辱行為に、同じ日本人として大変申し訳なく情けなく思います。認識共有の前提に立たなければ、何をしても何を言っても「謝罪」には当たらず、偽善の累犯でしかありません。

遅れていますが、日韓慰安婦問題に関連設置の「少女像」についての見解は追って書き込みます。「少女像」は撤去するべきではありません(とりあえず結論)。

日本の現職総理大臣を含む国会議員及び自民党議員など公人を主体とする団体が、国連へ、太平洋戦争に関する『極東裁判』についての不当を申し立てていますが、反対意見の国民から付記します。

従来の日本の刑法では、1人殺害した犯罪について、1回処刑するのが通例です。「1人殺すと1回死刑」の相場から起算した場合、2000万人余りの犠牲者を出した太平洋戦争の開戦責任者 東条英機首相の科刑は、少なくとも2000万回余の殺害人数分の死刑に処さねば一件の責任の所在が明確にならず、ご遺族も死者も浮かばれません。日本の国民として訂正する責務を認めております。

東条首相は、何をトチ狂って開戦に踏み切ったのか、「真珠湾攻撃」自業自得の結果として当時開発されたての最新科学兵器「原子力爆弾」まで投下されました。大日本帝国の植民支配地を元の持ち主へ返して撤退し、内政再建に取り組むという選択肢もあったはずです。過去には安土桃山時代に武将 石田三成が秀吉の命で朝鮮出征し、秀吉の死去にともなう退却例もあります。

更に、現職 内閣総理大臣 自民党総裁 アベシンゾウ氏の罪科は、初代内閣総理大臣 伊藤博文から約150年の累犯合切を引き継ぐ由ですから、およそ千億回どころではなく無限の処刑地獄に服していただくのが至当であると考えます。

むろん現職の単独犯行ではなく、どの犯行にも共犯者が40名以上の多数あり、特に昨年2015年7月15日衆院本会議、同9月19日参院本会議で「安保法制」に賛成投票した共犯国会議員474名の極刑趣旨は、現職に同罪であること申し上げるまでもございません。

「自分たち(国会議員)には国民に他国民を殺害させる特権がある」と錯誤しているものか、「武器、軍事兵器を使用し、国として『戦争』を起こして大量に殺害すれば、殺戮行為は『殺人』ではない」と錯誤しているものか、言語道断の錯誤自体が重大な罪過であり、もとより罪過は重々自覚の確信犯だと思います。

昨日、ツイッター操作が不明で、安保立法責任者「自民党」国会議員多数名について武井直子で「フォロー」操作してしまいましたが、これは意思にまったく反する間違いです。極刑至当の亡国の大罪人たちを親衛する意志はございません。現在、ツイッターフォロー取り消し操作方法について問い合わせ中です。私個人のフォロワー登録者、現在まだ0人で存在しませんので社会的影響があるとは思われませんけど。パソコンの基本操作は未修得で殆ど分かっていません☆ SNSやったことないし、始める前から既に疲れ果てているし。 愚痴っぽくてゴメンナサイ! 未熟を許して~

私と類似傾向の嗜好の方は、どちらかといえば多数派で少なくないと思います。侵略犯罪の元凶勢力が国政の実権を握っている社会で、暮らしてゆくとなると正直な処は口に出せないだけで。非道を働き他者の権利を侵害してまで過分に贅沢したいヤツのほうが少数派です。一般民衆は、犯罪や不正義なんて望んでいない。現存する少数派も、抗いえない事情に溺れ狂気に憑かれての錯誤に過ぎない。「悪人」をつくるのは人間の社会であり、本来の大自然の野生の心に「悪」という想念は存在しません。

 

昭和52年代、私が小学生の頃、通っていた日本の小学校では、自民党政府の運営でしたが、すさまじい嘘が喧伝されていました。教師の話は覚えています。記憶力や思考力が活発な時分に有益な教育が与えられたなら自分の世代が将来的に社会に為す仕事が別のものであったろうという失望をもって忍耐した「授業」でした。有体に言えば憲法に保障している教育を受ける権利を蹂躙する内容です。当時で敗戦降伏後32年ですが、日本社会には戦前戦中の思想が根深く残存し、国の再建から逆進する混乱に陥っていました。日本共産党 徳田球一氏が、日本人として為すべきことを果たしていたなら、ゼッタイに違っていたであろうことには確信があります。自民党が60年で創ったものは被害者の屍と借金の山です。日本という国は、国民のガマンでもっています。国民から託された税金を、自民党は私欲の私謀に費え、民意に反して軍事兵器の購入に充ててきた。私の他に言う者は知らないが、私はそう理解している。

昭和52年代、ガッコーでは国民の尊厳を汚辱していた。まさか反面教師として感謝しろという趣向ではあるまい。問題は認めていた。理不尽を感じていた。だが無力な子供に異議を申し立てうる社会ではなく、他には学びの場も無かった。戦後生まれの私の世代は、自民党の嘘に毒されている。昭和52年度、小学6年生 社会科授業 教諭談:「戦争をやれば軍需景気で国が豊かになるから今でも日本で国に戦争をやってほしいという国民からの希望は多い」「戦争をして勝つと敵からモノスゴイ額の賠償金をとれる。日本では他所の国と戦争をして賠償金をとってほしいと国に希望する人が多かった。日本の軍隊が敵に勝つと賠償金を取れるから、戦争が始まって勝つと、みんな戦争に勝ったと大喜びで帰還兵の軍艦を港に迎えに出て、国中で戦勝を祝って景気が賑わった。戦争をすれば軍事特需で国がものすごく儲かる。国や生活を豊かにして世の中を良くするには戦争をするのが一番いい」「戦争で取れる戦利品では、ほんとうは、モノスゴイ大金でも、賠償金なんかより、不平等条約の改正や領地の権利のほうが、世界的な価値がずっと高いんだけど、賠償金を取れなかったって腹を立てて、外国から船で港に帰ってきた国の代表者に石を投げつけた国民までいたんだからねえ。日本の江戸時代には寺子屋くらいしかなかったし、明治維新で初めて国で学校ができて教育制度が始まったばかりだったから、まだ国民の大部分が教育を受けたこともなくて社会的に教育が普及していなかったから、物の価値が分からない人のほうが多かった。国民みんなが賠償金をほしがって戦争をやりたがった時代だったから、国の政府を初めてつくった政治家たちのお陰で、日本では初めて選挙をして会議を開いて法律で治める社会になって、みんなもこうして学校で授業を受けられるようになったけど、それまでは切り捨て御免があたりまえの武家社会で、日本には、まだ法律や文化らしいことは何もなかった。明治維新をやったお陰で、初めて文化的な生活が始まったから、この時代を「文明開化」と呼んでいる。江戸時代に鎖国していたせいで世界から取り残されて何も分からない未開の状態だったけど、日本をつくった明治維新の政治家たちは、日本の将来を考えて日本の国の代表として初めて西洋に渡って勉強して、大変な苦労をして近代の社会をつくった。明治時代の立派な政治家たちがいなければ、ほんとなら女なんかは家畜以下であたりまえの世の中だし、男尊女卑があたりまえだし、女は男のような能力はないから今の男女平等が絶対におかしい、女は家畜以下としていた江戸時代に戻すべきだと言っている人もいる。日本では明治維新で西洋化したお陰で明治時代から男女平等ってことになったけど、まだ社会的には男からも女からも江戸時代の男尊女卑に戻せという意見のほうがずっと多いし、そのほうが正しいから将来的に男尊女卑に法律を改正しようという話も出て進んでいる。もともと男女平等のほうがおかしいってことは、皆も覚えておくように。今は、女子のデキのいいので、やっと男子のデキの悪いのと同等に扱う世の中になってるけど、もともと女は家畜よりずっと能力が劣ってるのがほんとう。今は、社会が西洋の法律だから女も男と同じ人間だという権利を認めているけど、もともとの武家社会の日本では女は家畜以下の価値もなかったし、馬や牛のほうがずっと価値が高くて大事に尊重されていた。女が物なんか言ったら絶対にいけなかったし、女の考えが正しいことなんてないから、女は物を言ったり勉強なんかしても無駄なだけだし、日本では金の無駄だから男女共学は廃止して女を学校に来させるなと言っている人のほうが多い。それがあたりまえで正しい考えだけど、日本は男性がやさしいから、跡継ぎの男の子がほしくても女の子が生まれてしまった家の親が可哀想だってことで、日本の男性がやさしいお陰で学校が共学になっている。ほんとうなら生まれつき男より能力が劣っている女に教育を受けさせてもカネが無駄なだけ」、他。

一応、付記すると、同時期に同教諭は同じ課題話題の相矛盾する話もしていた。教師の暴言は、法に関する思考的な理解や把握が不満足であるという日本社会全般に根深い問題に発している。私は教師個人の人間性に特異な欠陥があるとは考えていない。ごくフツウの人で、児童たちも教師を慕いゴマをすって立てていた者も多い。地方の農村部にも経済開発が若干進出し繁華風俗の子供への悪影響など警戒感も高まり、義務教育機関の教職者の仕事は、学科授業そのものより、受け持ち生徒の生活指導に重点がおかれた時期でもあった。学校制度に絶対的に不合理な欠陥があり、現場の教師は苦闘していたが「学び舎」と呼べない状況にるような施設ではなかった。地域社会の住人の要望に応じて、学校教師が職権濫用のうえ職務放棄にあたる「授業」時間を「報復虐待」に費える例は多数生じていた。前述の実話も、学級児童への個人攻撃の一環だと考えるが、同時に、自民党政府の所産であったことも厳然たる事実である。地方の地域社会で選挙の票の買収にあたっていたヤクザの手飼人員、地元旧来の顔役、労務者の元締め、自民党の組織基盤を固めていたのは、先祖代々地元行政を仕切っていたヤクザの縁故一族だという話は時々聞くことがある。「ヤクザ」「暴力団」の実態は、警察でも全貌を把握しきれてはおらず、本人に自覚のない暴力団関係者も少なからず存在するほど巨大な組織網を形成しているため、全貌把握は不可能に近い由だ。ヤクザの元締めと日本政府、警察のトップ、付け加えると或いは裁判所長官も、既に「自民党」の縁故で占めて抑え、汚職の全貌は際限がないらしい。日本の国民の圧倒的大多数が、約60年、与党へ選挙選出してきた経緯があり、所帯の大きい政党であるため日本の国民が何人かいれば必ず自民党関係者が含まれると考えるべきであるほど、日本国民の大部分は自民党組織活動に関与をもつ。昭和40年代50年代、親の年齢に達した戦中世代は「自分の子供世代には親の分まで『人並み』に幸せな生活を送ってほしい」、社会構造は総中流意識だという調査報告が出ていた。『富国強兵』政策で、画一競争の成績評価方式『相対評価』上下7%11%枠の残りすべてを意味する中間層62%、連鎖して当然に生じると納得され、「最も幸福感が薄い国民層」とされる。※この件は別途。記述者は生憎たまたま学校成績は「優秀」とされ上位7%に属したため中間層の実状はやや不明ですが、個人的所感として、成績評価の5段階中分布位置は、生徒の経済環境などとは必ずしも一致しないと考えます。個人差のほうが大きい繊細な問題について、科学的な考察の欠ける統計論(教育体制を設定する上で根本的な間違いや考慮不足・見落とし点がある)で意味のない空論にコストが費やされており、私は自身の政見がベストと考え、可能な限り早期実現を図ります。- で、話を戻しますと、当時、親御さんが、お子さんへ恵まれなかった戦時中よりも良い教育を与え幸せにという願いや期待で学習塾などに通わせはじめた時代でしたが、生憎、戦争で物心に被害だけを一身に負わされボロボロに傷ついた国民に、国の保障どころか謝罪すらなく、終戦後70年たちますが、70年間、一言の謝罪どころか、国からは、正気を疑う侮辱、中傷、誹謗、etc…。件の教諭からは後述の殺害の教唆扇動だけでなく、自殺の強要複数などもありました。内一件は、教師の「業間休みは全員校庭で一緒に遊べ」という指定で、女子のドッヂボール遊びに「仲間に入れてくれ」と声をかけて再三交渉したが、クラスの女子生徒全員にハズレにされ(親分格の女子が「先生が、風邪でバスケの練習来ないんだから遊びの仲間に入れなくていいって。ちゃんと練習出てって言ってるのに、武井さんがカゼひいてるからって言って来ないから、あたしが先生から怒られるんだからね」)、やむなく教室に戻って本を読んでいた処、教師がきて「今は小学校の1年生だって、ちゃんと遺書書いて自殺するんだよ~。もっと大きくなれば、できるよね~」と繰り返し言われた。真意を確認するべきだったか。私は、黙ってきいていた。ミニバスケの部活は、家庭で母から「いい、学校で言われても、運動は、しても何もならないから、部活は出ちゃダメよ。受験には関係ないから、する必要が何処にもないことに時間つかっちゃダメよ。今、風邪をひいているからって言って、休みなさい」。私「風邪ひいてないのに、ひいてるって言うの? 嘘言っていいの? 前に嘘言っちゃだめって言ってなかった?」。母「嘘じゃないわよ、風邪をひいてることにすれば、ひいてることになるの」。私「なんで? 嘘が嘘じゃないことには、ならないんじゃないの?」。母「なるのよっ! あたしが言った通りに言われた通りだけしてればいいのよ、いいわね、分かったわね」。「…」。「返事は?いいわねっ」。「…」。「あたしが言った通りにしないと、あたしが学校に電話かけて先生に言うわよ、いいわね」、と指定を受けていた為、私は母の指示に従っていた。関係者へ事情を説明しても状況が改善する見込みは低く、母が、”子供”を話題にしての教師との”やりとり”に生きがいを見出していた様子で、母が喜んでいるなら、そっとしておこうと私は思った。世の中は誤解で成り立っている。ふつうの小学生は大抵そう思っており、誤解を解いきかねている。或いは、教師から問われることがあったら事実を答えただろうが、教師は、他のオトナの嘘を真に受けていたのか常にそちらを公式に採用し、児童本人に何か尋ねたこと確かめたことは一度もなかった。同級生は釈然とせず説明をほっしていたようだったが、応えられず申し訳ないとは思っている。母の内職の学習塾経営に、そのやり方だと良くないと度々助言はしていたが、現役年齢当時の母は「あたしはあたしのやり方でやる、あたしのやり方でやればゼッタイにうまくいく」「ぜんぶあたしが自分ひとりの力でやっている」、助言や忠告の類は受け付けない状態だった。後年は「あたしひとりが頑張って」、支援した者に対する逆恨みの責任転嫁に変じており、私は身上の数々の理不尽について、巡り巡っての侵略戦犯伊藤博文から東条英機、自民党60年の集団犯罪の被害だと感じている。

 

 

同年7月、朝のHRで教師が「読書をするとカタワになる。 - 中略 - みんなで直子を殺すように」、口上を述べて罪状を設け、全学級生徒へ、特定児童に対する殺害を教唆扇動した一件もあった。口上自体は正気を疑う暴論であり、教師自身に言動に関する犯罪の認識があったかどうか不明だが、どんな理由や事情があっても、不法行為に訴えて良いことにはならない。仮に行為の原因や動機となっている問題があるなら、大元の問題について適切な解決を図るべきことだ。

一件の当時、私は(報復か?)と解される心当たりはあった。私の母が、この時点より1年ほど前に「子供にテレビを見せるとカタワになる」といった極論を展開し、家庭で、いつも自由にテレビを見ていた下のきょうだい2人にテレビ観賞を禁じた模様で、きょうだい最年長の私に、下の2人から「なおちゃん、さっきママが、ウチの子供にはテレビはもうこれからずっと死ぬまで一生、絶対に二度と見せないことに決めたから、テレビにスイッチ入れてつけたら承知しないから覚えとけ、だって。スイッチに少しでも触ったら承知しないって。直子にもあたしが言った通りに言っとけって」と伝言があった。きょうだい「…ねえ、テレビ見たい」。「テレビ見たいって、ママに言って」。私「ママが決めた通りにガマンして。ママがテレビ見ちゃダメって言ってるんだったら、ちゃんとママから言われた通りにママの言うこと聞いてテレビ見ないでね」。私の応対に幼いきょうだい達の不満が噴出し、「テ・レ・ビ・が・見・た・い!、テ・レ・ビ・が・見・た・い!」、2人で拳を振りかざして殴りかかってくる暴行被害に遭った。数日後、私が学校から帰ると、2人はいつも通りテレビを見ていた。親と交渉して解決したものと思うが、この件にはつづきがあり、私も一緒にテレビを見せてもらおうと行くと、2人から「なおちゃんはテレビ見たらダメだってよ」「ママが、直子には絶対にテレビ見せるなって」「向こう行けっ」「テレビ見るなっ」、暴力を受け、テレビ前から追い払われた。事後、家庭で私にはつい最近まで40年ほどテレビ鑑賞の自由は基本的になかった。きょうだいが隣室で見ていた番組を、台所で家事をしながら背中で聴いていた程度に鑑賞した。

学校で同教師が「読書をするとカタワになる」と述べた暴言については、他の学級児童が問題視してオトナへ報告したものらしい。後年知った処、一件の翌年、埋め合わせのように母を学校の文化委員長に抜擢して、母の『読書の推奨論』を会報へ掲載いただいた由だった(原稿は父が書いた由)。発生当時、新築引越し直後、核家族家庭の両親とも患って概ね寝込んでおり、保護者不在同然の環境で、きょうだいの食事の調達に困窮していた時期で、私本人は人へ話したことがなかった。

私は個人の主義自由の範疇と思考するが私本人に特に問題はなくても、親の対人上の報復などは同小学校低学年時から集団的な不法行為を屡受けており、当時からの地元の「顔役」や暴力団関係者の関与は承知している。現在病養中の加害事件(私は、たまたま耐久し復調しているが殺人未遂事件と認識している)に関連は不明だが、地元の整形外科医が自殺に偽装して殺害されたらしい事件について、初期に言及しましたが、地方農村部の自民党政権の行政区域は、暴力団関係者の各種社会保障関連犯罪が蔓延慣習として社会腐敗が常態化し、官民一体で医療機関での殺人犯罪の組織的常習に陥っています。いちおう捜査は申請しますが、最悪の場合、次の受診先で変死体になっているであろうことは前述の通りです。

日本の自民党政府の文部省の授業は、そういう内容だった。休み時間などの余暇ではなく、正規の『授業』として税金から教員給料支払い内の業務として行われていた『授業』だ。今の自民党議員たちを見れば、甚だ遺憾ながら納得される。

前述教師の相矛盾する談話:「戦争が起こって、国から徴兵の赤紙が来て、家族を兵隊にとられると中には悲しむ人もいたけど、国が敵国と戦って大変な時に、自分たちの国を守るために戦うことは大変な名誉だったから、名誉を喜ばないといけなかった。悲しいなんて甘えたことを言うと厳しく怒られて非国民と罵られたし、戦争に反対するようなことは、絶対にひとことでも言ってはいけなかった。このころを代表する歌人の与謝野晶子は、弟を兵隊にとられて戦地に送られた弟を思って『君死にたまふことなかれ』という作品を世の中に発表して大変な話題になった。今の世の中では、みんなには分からないかもしれないけど、戦時中は、みんなが国のために戦っているのに、国を批判するような歌を詠むのは、ものすごい勇気がいることで、あの時代に晶子は歌人にして世間からアッバレ猛女という評判までとって大活躍していた」。(※談話中「アッパレ猛女」について、私が読んだ限りの晶子の情報文献中には確認されておらず、誤情報か定かでありません。余り知られていない稀少情報か、ガセネタか、いずれか不明です)。「昔は『女の髪はゾウもつるせる』って言って、女性の長い髪は、大変な魅力があるものとして大切にされた時代もあった。ゾウって大きくて凄い重さだけど、これを男手を雇って縄でつるしあげるっていうのは、大変な大仕事でね、それくらいの大仕事を可能にするくらいの価値があったという意味。今から何千年も前に生きていたエジプトのクレオパトラは、世界三大美女のひとりで、『クレオパトラの鼻があと1センチ低かったら歴史が変わった』って言うくらい(略)」。

忘れてはならない危険な大問題、昭和52年度、自民党政府 小学校 社会科授業《 近代軍事戦争史 》中の嘘の最たる処、《 『明治無血革命』虚構 》。

小学校教諭の社会科授業:「(※詳細別述)日本の『明治維新』は、ちょうどイギリスで起きた『名誉革命』と同じ出来事だと覚えるように。鎌倉時代から江戸時代までの武家社会は人を刀で切って殺す暴力で支配した悪い社会だった。『明治維新』を起こして「王政復古の大号令」を発して国会を開設して、国民の中心になって議会政治を始めた伊藤博文は、これからは国民の話し合いで国を治める社会をつくっていこうという立派な考えで、今までの戦争のように人を傷つけたりすることがなく、一滴の血も流さずに無血開城をしてもらうことに成功して、江戸時代を終わりすることが出来たから、一滴の血も流さずに成し遂げた名誉の革命だと言うので、日本の『明治維新』といえばイギリスでいう『名誉革命』のことだと世界に知られている」。教科書や資料など授業で使用していた学習教材には、教師が児童へ「授業」で訓導していた虚構については、一切かかれていなかったと記憶している。余所で実情に近い処と思われる伊藤施政を知った者は、日本政府の陰謀に、凍るほど恐怖を覚えるはずだ。

補足になるが、「男女平等」『ザンギリ強要』推進者が言わんとする処には、根本的な錯誤と欺瞞がある。まず、原始社会の「性欲の対象」から脱却するために男装して「女を捨てろ」という勘違い(または悪質な詐術)は、「人間」「個人」「生物」「生体」「生命」(ほか、省略)をすてろということだ。これを、ごまかしだまして強要している。 ”生きることなんか考えてはいけない” ”生きる意志なんかもってはいけない” ”生きる意志を捨てて死ね”、そういう意味だが、もちろん、強要者たちは重々承知で殺害を謀るものだ。確信犯は訴追すべきであり、錯誤者には猛省を促し、いずれも浅薄軽率を悔い改めていただくべき罪過である。国へ被害を訴える人はないかもしれないが、理不尽な思いをした国民が少なからずあったものと私は思う。

関連事項になるが、前記『ザンギリ強要』は、《 男女平等 》について、《 生物の三大欲求 》「性欲」「食欲」「睡眠欲」の否定から入っているリクツだ。

もちろん、日本社会で根強い《 男女不平等 》の原因は、差別されている女性の側にあるのではない。自由民主党の『明治無血改革』虚構史の推進派は、日本女性の黒髪の排除に執念を燃やし行政力を注入してきた経緯があり、近年、益々顕著になった感があるが、男性についても、僧侶職以外の一般職の方にも、丸刈り、剃髪、スキンヘッドを見受け、一時期、巷でふつうに見られた男性の長髪にも滅多に出会わない。ザンギリ強制は、無思考無人格の戦闘員への養成政策『富国強兵』の一環と考える。国民総画一に国歌(君が代)斉唱、年齢枠固定規制、画一強制の一斉全体主義、組織集団からはみだす者への徹底的な迫害、ほか。「従来、女性の魅力であった長い髪」、「性欲の対象」「官能的な部分」を女性の「長い髪」へ口実づけているにコウジツヅケテイル象徴させてるは」長い髪が男尊女卑、男女差別の原因ではないことは、先駆の女性多数が証明しておいでだ。男性と同じ短髪にして、スカートもやめてズボン(パンツ)穿きのまったく男性と同じ男装にして、性差別の理不尽に耐えて頑張っている女性も多い。それでも、つい最近、国で責任ある地位についている男性が「女は子供を産む機械、女は子供を産む道具」と”形容”していた。

日本社会の反応、特に当該人物の組織の諸氏は、問題視しているご様子がまったくなく、賛同肯定していた者すらあり、この発言の問題が分からない者も少なくないらしかった。既に少なからぬ女性が長髪も女装もやめているが、それでもまだ女性に「子宮」が残っている内は、「女性は道具、機械」 ”男性と同等の生き物ではない” ”男性と平等な権利を認める必要はない” という差別趣旨の見解である。

女性から最後に残っている「子宮」を排除して、「女」を完全に捨てれば、”男と同等の生き物として仲間に入れてやらないでもない、なにしろ男は女とは違ってやさしくてカンダイな生き物だから”。「セクスレス」「無性」が、「女性」でないことは言うまでもない。

ご自分なりの主張を持ち、無理解の策略や陰謀とギリギリスレスレまで突き詰めて努力して生きていた方が多数おいででした。先輩方に感謝して、私の世代は、”女性を理解して受け入れていただく”ことをめざせる足場を与えられています。世界全域、社会全域に基盤や土壌が築かれた訳ではないです。小さな足場です。小さくても、何世代もの忍耐がなければ築かれなかった足場です。活かさず不意にしてはならないと私は考えます。人それぞれ立場も事情もありますから、主義も選択も自由でよいことですが、私は、ふつうに「女装」の「女性」で暮らしてきたし、暮らしています。

 

前述小学校教諭の談話については、文部省の指導要領に沿ったものだったろうと受けとめていますが、戦争責任を国民になすりつけ転嫁する作為の暴論です。私には、教師が生徒へ話していたような史実はなかったのでは、と疑われます。 ”国民が政府の代表者に投擲した”一件については犯行動機に不審があり(政策に関する思想的不満など、他の別の理由で石を投げたのではないかという気がします)、ひまをみて国会図書館で調べたいと思っていた課題のひとつですが、身上の事情で(傷害行為の外傷で15年ほど闘病後、更に社会保障詐欺殺人に遭い21年ほど社会行為を断絶され、いまやウラシマタロウ状態で、現在も病養中です)着手できず38年経ちました。

 

アタマ痛… 私の持病なんて大した部類に入らないのですが負担であり苦痛です。ギリシアのシリア難民キャンプに、乳幼児を抱えた奥さんと一緒に、軍事被害で片眼球なくしたお父さんとか、避難されておいでの取材特番やってました。おととし暮れ、日本の国民として国としてお力になる意志だけはあったのですが、無力無能でゴメンナサイ… なぜ、現職与党は不作為に見殺しにしているのでしょう。日本の国会与党議員諸氏は、意志さえあれば救助救済が可能な職権を保占しておいでです。現在、日本には、国としての「殺人」を是々主義とする人が少なくなからず存在します。人として国として選択を間違えています。「自民党」本会議欠席の村上誠一郎氏、若狭勝氏2名を除く全員、「公明党」「次世代の党(「日本の心をナントカ」へ党名変更存続)」「新党改革」「無所属議員」ほかが『日本の自衛隊による軍事攻撃法』賛成。

伊藤博文に始まり、東条英機が拡大し、安倍晋三総理と衆院議員326名及び参院議員148名が継承する軍事攻撃を行う外交運営が、3月に始まります。人命を強奪する犯罪を手段として選択すれば、国の害になります。人命をはじめ、国としての信用、ほか、すべてを失うことはあっても、余人を殺害して自国が安全になることはありません。

 

投稿者:

武井 直子

◎ 1965年(昭和40年)6月28日神奈川県鎌倉市生まれ。血液型 Rh+A型(遺伝子型ao)。本籍 山梨県都留市(旧 南都留郡三吉村)→千葉県大網白里市(2016年7月現在、同3月に本人の知らない内に親族が現住所へ移転していた為、他日、誤移転を訂正する予定でおります)。千葉県大網白里市(山武郡大網白里町)在住。北海道で保育園に通所、神奈川県横浜市へ居住後、千葉県山武郡大網白里町へ移入。大網白里町立大網幼稚園、同大網小学校、同大網中学校、千葉県立長生高等学校卒業。大学は入学辞退2校、除籍処分1校。1980年(昭和55年)9月外傷以降色々あり現在も病養中。2014年(平成26年)6月より国政抗議活動、同8月政策提言活動を始め、同11月より個人企画「平和党」をなのり国会議員就労志望、議員当選なし。支持政党は日本共産党、生活の党、社民党、民進党、おおさか維新の党、民権9条護持派を支持。

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